悩みのるつぼ!

   ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

おはようございます。

太陽とともにモアっとした空気と、モアっとした風が身にまとうとっても不快なこの頃

 の自然界の光景に脱帽…

強風の中病葉が、行き先を失ったかのようにかけ去っています。

病葉を 自分に置き換えてみると

、せつなくて切なくて拾い上げてそっと押し花にしたりしてます。

朝ラジオ体操をしますが、それだけで汗汗です。

春夏秋冬、味わい深い日はどれほどでしょう…

 みこちゃんは単身でもあったことで、兄弟の支援もあまりない中、両親をみとってき

て思うことは、あげればきりがないほど不満を膨張させれば、疲労困憊するばかりで

介護の上に不満感ばかりで疲労は増幅するばかり…

 だけれどもこれもケースバイケースで思いの比重をどれだけ少なくするかに

かかっているようにも思えます。

 兄は、経済的にも中流以上の経済ながら

生活援助を兄弟分としての負担を求めたところ

生活保護をもらうことを提案され、それからは二度と愚痴など

こぼすまいとわが身に誓い、両親が残したわずかなお金も、兄夫婦にみな私

気持ちは現金はないけれど気持ちだけはさっぱりしたもんです。

お金が無くなれば、空腹の中野氏もあるのではと妄想…

 ブログでも両親の介護の負担についてはよく取り上げられていますが

自分が介護される立場は必ず訪れます。

そんな時、見てはもらえない状態は覚悟の上ではありますが

道義的でありたいと思い義務感だけに終始していたならば「なんで私なの」のるつぼに

はまってしまう。

 人生のえんでぃぐだけは、気持ちよく遅れたならと思えるみこちゃんです。

人生の苦難坂を 自己完結できたことは、すべて思いのたけを

ただただ書きなぐってきたことでしょうか…

 下記のような介護はそれはそれで大変!

とってもまじめなお方で、懸命に頑張りすぎるほどのお方で

介護の終わりが見えない中での介護の疲労感はひとしおと思うけれども

愚痴が言える人が身近に一人いることだけで救われるのではと老婆心ながらのかんそう

アサヒコム寄りの引用。

弟の死を望んでしまう 手を出すのを必死に抑える日々 (6/14)

悩みのるつぼ 40代女性です。弟の死を望んでしまいます。

 弟は周りの忠告も聞かず糖尿病を悪化させて視力を失い、透析に通っています。ほぼ

寝たきりの状態を10年間世話をしていた母が要介護状態となり、近所に住む独身の姉で

ある私が二人の家事、介護をしています。私は夕方からの勤務になりそれまで世話が続

きます。

 ヘルパーの利用や様々な社会的支援の助けがありますが、何よりストレスなのは、弟

の言葉です。弟の下の世話や嘔吐(おうと)の処理、夜中の汚物の始末。ほんとに嫌で

す。嫌だけど、気持ち悪いけど、だからと言って片付けなかったことは一度もありませ

ん。睡眠を妨げられ、寝不足になって疲れて、私は不機嫌になります。「おはよう」と

声を出す気にもなりません。弟への態度も冷たくなります。

 そんな私を弟は「言葉がきつい、愛情がない、冷たい人間だ」といいます。私は冷た

い人間でしょうか。そのたびに心で「死ね! 死んでしまえ」と思います。本当に手を

出しそうになるのを必死に理性で抑えます。私の目は鬼のようにつり上がっていると思

います。

 行政に相談しろとか、ひとりで抱えないでとか、きれいごとの回答はしないでくださ

い。私が面倒を見るしかないのです。私はずっと、かつては仲のよかった弟に対し「死

ね!」と思い続けるしかないのでしょうか。