高齢で一人暮らしはあまりにも長い…

  ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

おはようございます。

バックには「金髪のジョニー」が流れています。

心にずっしり答える演奏でした。

今日は成人式です。

何か軽々しいせい人式にがっかりです。

日めくりは飛ぶかのようにいたずらに時間だけを消費してゆきます。

 わがままのおかげでコロナが継承 与えているようにも思います。

どのような道筋があるのだろうか…

まずしいもなくほしいものを手に入れてきた日本に軽傷をもたらしてもいる。

輸入に頼ざるを得ないを得ない日本経済 自然資源もなく枯渇だけの人は

どのような道があるのか

高齢者の道のりは果てしないほど長い。

これを受けて過ごすにはできないものとの付き合いも含めてあまりにも無限大。

意外と長い還暦からの8万時間超、迎える前の心得 藤原 和博

より、一部抜粋し再構成のうえそのヒントを探ります。第二の成人としての心構え

「お金」「家族」、そして「死」。いずれも60歳を「第二の成人」と位置づけるにあた

り、避けては通れないテーマです。本稿でお伝えするのは、その場所に「旗を立てる」

ための心構え。ひと言で言えば、「自立貢献」です。

「自立」も「貢献」も日常会話によく出てくる一般的な言葉ですが、私はこの2つの単語

を組み合わせることで、大きな意味が生まれてくると考えています。さっそく、説明し

ていきましょう。

突然ですが、赤ん坊だった頃の自分を想像してみてください。泣いてますか??泣いてま

すよねえ。なにしろ生まれたばかりの赤ん坊は言葉を話せませんから。

オシッコやウンチをしてお尻が気持ち悪くなったり、おなかが減ったり……。それでも

、理路整然と他人に言葉で訴えることができません。不快になったら、大声で泣く。嬉

しかったら、全身で笑う。そうすることで、赤ちゃんは自分の意思を保護者に伝えます

そして次第に、「声をあげて泣くと、お母さんやお父さんが助けに来てくれる」ことを

赤ちゃんは学んでいきます。幼児期に両親や祖父母に大事に育てられることによって、

赤ちゃんは「全能感」を自然に抱けるようになるのです。

「全能感」とは、「自分は何でもできる」「世界は自分を中心に回っている」という感

覚のことです。

しかし成長するにつれて、その全能感は徐々に目減りしていきます。幼児期の後半から

小学校へ入学する頃には、「どうも世の中は自分の思い通りにはならないぞ」というこ

とを理解し始めます。快晴になるはずだった遠足の日が雨になったり、異性にちょっと

イジワルをして気を引こうとしても、ちっとも効果がなかったり。

「世界は自分を中心に回っているわけではない」

その事実に、気づき始めるのです。

そして、ある日。ついに、世界と自分が「分離」します。

「自分は全能だ」という思い込みが幻想で、「限界」があることを思い知るわけです。

赤ん坊の頃は、親がつねに傍らにいてくれたからこそ思い通りになっていたのであって

、自分一人では何も満足にできない。その当たり前の事実に気づき、戸惑い、葛藤が生

まれ、どうにかしてその状況を打破しようと、もがき始めます。小学校低学年ぐらいの

時点で、ほとんどの人がその葛藤を味わいます。

しかし、たまに、そのような葛藤を経験しないまま成人したのではないかと思わざるを

得ないような人に出逢うことがあります。周囲の迷惑を顧みず、「世界の中心は自分だ

」と思っている人はけっこういるもので、その人の中では幼児時代の「全能感」がいま

だに続いているのです。

いわば、自立していないオトナです。

「自分の気持ち至上主義」の蔓延

ここまでヒトの成長過程を振り返りながら、「自立貢献」の糸口を説明してみました。

ここからは、社会の変化に即して考えてみましょう。

『Japan as No.1(ジャパン・アズ・ナンバーワン)』という、アメリカの社会学者エズ

ラ・ヴォーゲルの本が話題になったのは、1979年のことです。日本の経済力の強さを分

析したこの書はアメリカと日本で大ベストセラーとなり、「日本がこれからの世界経済

を牽引する」というイメージを、両国ならびに世界中に植え付けました。

それから半世紀ほどが経とうとしていますが、その間の社会変化は、人々の価値観の変

化も同時にもたらしました。

1980年代後半から1990年代初頭の「バブル」時代。日本は異常に景気の良い時代でした

よね。土地の値段や株価がうなぎのぼりに上昇し、企業は銀行からどんどんお金を借り

て事業を拡大していきました。若者がローンを組んで高級車を購入したり、ブランド物

を買い漁ったりするのもめずらしくなかった。円高を背景に海外旅行も増加の一途をた

どり、「ジャパンマネー」という言葉が皮肉を込めて使われました。

当時の価値観をひと言で言えば、「消費は美徳」ということ。「お金が徳を決めた」と

言っても過言ではありません。日本企業は自社製品を売り続けるために、広告戦略を駆

使して人々の消費欲をかきたてました。その結果として蔓延したのが、「自分の気持ち

至上主義」と呼ばれるライフスタイルです。

自分が好きなもの、欲しいものならば、他人が何と言おうと気にせず手に入れたい。そ

のような自分の「欲望」に忠実な生き方を、メディアが率先して奨励したのです。

「自分が一番カワイイ」「自分の気持ちを一番に考える生き方がステキ」「本当の自分

に出逢うために自分探しの旅に出よう」。そんなキャッチフレーズが世の中にあふれま

した。今にして思えばずいぶん幼稚な考え方ですが、多くの日本人が、この風潮に酔い

しれた。

その頃の自分が懐かしい人、そしていくぶん照れくさい思い出がある人も少なくないで

しょう。

1982年には「フロム・エー」という求人誌がリクルートから創刊されました。今から振

り返れば、これも象徴的な出来事です。求人をアルバイトや契約社員に特化し、「フリ

ーター」という言葉を生み出した同誌。

「会社に就職するより自由な立場のアルバイトのほうが人生を謳歌できる」という当時

の空気にうまく乗り、リクルートの媒体の中でも、非常に大きなビジネスに成長しまし

た。

「自分の気持ち至上主義」は、こうして日本社会で確固たる市民権を獲得していきます

「責任」と「義務」とは

その一方で、「自由」についての解釈は独善的になっていきました。「自分の気持ち至

上主義」の延長線上に、結婚や子育てを「自分の自由を制限するもの」と考える男女が

出現するのも至極当然のことだったのです。

もう一度、繰り返します。

「自分の気持ち至上主義」は、「自分の気持ちを満たすためには、なんでもしていい」

という子どものような感覚です。先述した、幼児の抱く「全能感」とほとんど同じ。つ

まりバブル期には、「全能感」がずっと続くかのような幼児的な幻想が日本全体に蔓延

したのです。

この蔓延によって、日本から失われてしまった大事な観念がある――私はそう考えてい

ます。それは、「自由には責任が伴うこと」、「権利には義務が伴うこと」。大人であ

れば、なくてはならない「責任」と「義務」の観念です。

個人の自由を主張するならば、必ず同時に「責任」が発生します。個人の権利を主張す

るならば、必ず同時に「義務」が発生します。自由と責任、権利と義務は、コインの表

裏の関係にあるのです。そして責任と義務とは、見方を変えれば、他者に対してどれほ

ど「貢献」しているか、という意味になります。親に扶養されている子どもであっても

、ある程度の年齢に達したら、「衣食住の保証」という自分に与えられた権利を享受す

る一方で、勉強を頑張ったり、家事を手伝ったりといった「家庭に対する貢献」が求め

られます。そのことは、世界中どこの国でも、どの時代でも普遍的に変わりません。私

が「自立」と「貢献」という言葉を組み合わせた背景には、この「自由と権利」と「責

任と義務」の結びつきがあるのです。定年を迎え、新たな人生のスタートを切ったとき

こそ、「自立貢献」の精神に向き合う必要があると私は考えています。藤原 和博さんの

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