雑談>パラリンピックの閉会式を初めて聞きました。
笠岡の田原です。
今朝も小糠雨が降ってます。
とっても蒸し暑い朝です。
昨夜のパラリンピックの閉会式初めて聞きました
共生社会をスローガンに終えたパラリンピックの視覚障碍者の参加者はどれほど
沸き立つものがあったのだろうかとはてなマークです。
この炎天下の元ご支援いただいた多くの影のボランティアにお礼申し上げたいと思います。
みこちゃんは共生社会に違和感を覚える一人でもあります。
これはハード面ばかりではなく心の垣根も超える教育も求められると思います。
家庭内では築くことのできない多くの場面が想定されます。
チイサナ思いやりが街のあちこちで自然にお萎える環境が求められますが
これはわがままなのでしょうね。
今、投稿サイトの中で前に進めず行き止まりです。
これもパラリンピックの言葉です。
まったく異なりますが、なくしたものに執着するのではなく
残された機能を最大限に発揮するといった言葉です。
これは 盲学校の先生が地雷をひろいこれが家で爆発して
手と視力を失われ受け入れる学校もない中確か大阪において受け入れられ
口で展示を読み進まれるまでに努力されたお話であったかと思います。
これはサピエ図書館にあります。
本当に本当に脱帽です。
14歳のメダリストは腕がない中体感を鍛えぬいた体で射止めたメダルは
それは個人にしかわからないほどの絶え間ない努力の過程が繰り広げられたことかと
想像してみています。
みこちゃんにも
活舌の悪いおしゃべり
知能指数はほどほどにあの世雪ですが
これも努力といった残存機能で乗り切りたいものです。視力はないにしても健康美があるではないか…
残存機能を 最大限発揮してこの人生のゴールを「ありがとう」の官舎で終えられたならと望むおばあちゃんです。
きたるるパリのオリンピックが共生社会など
不必要な社会でありますように… …