人生の最終章、選択はそれぞれに。

          ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

おはようございます。

今日も休憩を織り交ぜながら、雨は降り続き

タオルケットだけでは肌寒く寝付かれないまま朝を迎えました。

今は、あったかいおさ湯をいただきながら、今日のスケジュール、どうあるべきかと妄想…

  肉嫌いから、積極的に食べてこなかった肉類

 初めて、豚小間に挑戦

ニンニクショウガ、お酒に漬け込み玉ねぎと痛めて食べはしましたが

これが果たして健康年齢につながるのかと思案橋!胃袋様も今更とびっくり仰天!

残り少ない人生だから、好きなもので調整したくも考えてもいます。

 人生の最終コースをどのように過ごすかは人さまざまです。

  主人を55歳で亡くしそれからの人生を立て直されて過ごされた中途

病魔に襲われ一時に視力をなくされたとしたら

生活不安しかありえません。

日々悶々と不安だけを胸に過ごす中

入所した施設において 同じ境遇の人に出会い

共感することでそれがいとしさにつながってもふしぎはないのでしょう!

 心の不安を取り去ることができるならそれも選択肢ではないのでしょうか。

お医者に受診してもお薬もなく、当事者が望むのであればそれもさいりょうのじんせい

 みこばあちゃんにはとてもそのような選択肢はあり得ないけれど

豊かな人間性の追求は、朽ち果てるまで

いろいろな形態もあってよいのだとほほえましく拝聴しました。

     毎日新聞より。

全盲の夫婦 結婚3年、88歳と79歳 なれそめは? (2018/0

5/04)

「私一人でしゃべってる?」「うーん」=兵庫県洲本市の「五色園」で、三角真理撮影

「履物、気をつけてね」=兵庫県洲本市の「五色園」で、三角真理撮影

 大センパイに学んだ。人生、年齢ではない。そして、幸せはたぐり寄せないと、と。

淡路島の施設に暮らす、奥田弘さん(88)と晏江(やすえ)さん(79)ご夫妻を取

材した。お二人とも全盲で、高齢になってから知り合い、3年前にゴールインした。な

れそめは?【三角真理】

暖かな部屋

 淡路島の高台に養護盲老人ホーム「五色園」(兵庫県洲本市)がたたずむ。ここに目

の不自由なお年寄り約60人が暮らす。すぐそこは、エメラルドグリーンの瀬戸内海。

施設長の新田良さん(41)が「好きな方は、夏は泳ぎに行かれますよ。皆さんお元気

ですから」とにこにこと教えてくれた。

 奥田さんご夫妻は隣同士の部屋。晏江さんの部屋にお邪魔した。晏江さんは「どうぞ

」と椅子を勧めてくれて、自分はベッドのへりに腰掛けた。椅子は2脚しかないので、

そこに弘さんと私が座れるように、と。ところが、弘さん、晏江さんの部屋のドアの外

で耳をこちらに向けたまま、動かない。「あら、どうしたのかしら」。晏江さんは、弘

さんが入ってこない様子に、首をかしげる。女2人が先に落ち着いてしまったので、入

りにくくなったのだろうと私は思った。晏江さんは、弘さんを緊張させないように、話

題を変えた。顔を窓の方にやり「この部屋、南向きとかで、あったかいの。ほらね」と

、ベッドの布団に手を当てた。

 弘さんが「座るところ、あるか?」とまだ、ドアのところでちゅうちょしている。ぽ

かぽかの部屋は、時間の流れがゆっくりだ。

 晏江さん、口元の淡いピンクの口紅がつやつやしてきれい。髪はふんわりパーマがい

い感じだ。「久しぶりに口紅つけたから『はみだしてない?』って寮母さんに聞いたの

よ。髪は、見えていたときは、こっちの手で手鏡持って、こっちの手でクルクルドライ

ヤーを持って、こうして……」と手首を動かして見せてくれた。

「倒れた記念日」

 ピーピー……。甲高い音が響いた。「もひとつ慣れんのやなあ」。弘さん、ようやく

椅子に座ったものの、補聴器の具合が悪い。「もうちょっと大きい声で」と晏江さんに

要求した。でも、晏江さんは気にすることなく続けた。長年連れ添っているみたいに。

 「私、失明してまる13年になるんです。66歳の12月17日は『私が倒れた記念

日』」。見えなくなったその日を「サラダ記念日」のように言ったのは、めいっぱいの

強がりだ。

 倒れる前日まで愛車のハンドルを握って、淡路島の四季を楽しんでいた。前の夫は、

晏江さんが55歳のときに亡くなり、2人の息子は独立。一人を謳歌(おうか)してい

た。

 その日以来、「『あっち』へいくことばかり考えるようになりました」。点字白杖

(はくじょう)の使い方を学ぶため、リハビリセンターに入所したが、訓練する気は起

こらず、半年で出た。「家も気になったし」

 気になるって? 「植木とか気になって」。晏江さんのこのやさしさと正直さがいい

 自宅に帰ると、きょうだいや親戚たちが気遣ってくれた。うれしかったが、申し訳な

かった。一人暮らしの限界を感じ、神戸の施設に入る。そこで出会ったのが弘さん。で

、なれそめは?

 「なれそめだってよ」と照れる晏江さん。「あなたの専門でしょ」と弘さんが、その

“ボール”を打ち返した。

 当時、晏江さんは、弘さんと同じ入所形態だったので、ちょっと聞きたいことがあっ

た。朝5時半、弘さんが決まってウオーキングをしているのを知っていたので、ある朝

、そこへ行った。「おはようございます」。あいさつしながら握手した。

 その後、弘さんが一句送り、晏江さんはこう返した。

 <早朝に出会いを胸に急ぎ足>

 弘さんのどこにひかれて? 「とっても前向きなの。私は、ただただ、どうやって生

きていったらよいのかと思っていたでしょ」

 雪が降っても、桜が咲いても、目が見えていたころを思い出し、悲しくなった。弘さ

んは「どうにもならんことや。後ろ向きなことを考えとったらあかん」と励ました。晏

江さんが寝つけないと知ると、音声図書を教えてくれた。「池波正太郎山本周五郎

『これを聞いたらええ』って」。晏江さんの睡眠導入剤は3分の1に減った。「ニュー

スをよく聞いて、教養もあって……。あら、私の方がお熱あげたんかな」。少し声を落

として「昭和ひとけたは難しいところもありますけどね」。

視力失い…今は幸せ けじめをつけたい

 結婚したのは3年前。「ここでサイコロ振ってみようかなあと思ったのね」。晏江さ

ん、おしとやかなのに、言葉は時々大胆。籍も入れた。「人生は一度きり。けじめが大

事だと思ったのね」。施設の人たちにきちんと説明したいとも思ったようだ。リボンを

付けたクッキーを持って部屋を回った。「『おば桜が狂い咲きしました』ってね」

 弘さん、晏江さんのここまでの説明、よろしいでしょうか? 「よお、しゃべるなあ

。私の生い立ちの方がもっといろいろあるんやけど」

 「弘さん、晏江さんと結婚して幸せですね」と聞いてみた。あれっ? 返事がない。

晏江さんが可愛く迫る。「幸せよねえ。洗濯してもらって、靴下履かせてもらって」。

靴下も? 「おなかがこんなに大きいでしょ。履きにくそうなんでね」。その靴下、左

右、違うんですけど。「あらあ! ごめんなさい」。晏江さんが慌てながらも、丁寧に

謝った。弘さんを立てていることがよくわかった。晏江さんは幸せですか? 「視力を

失ったから、奥田と一緒になれて、今がこうしてあるんやからねえ」

呼吸ぴったり 食堂が「お店」のようになりました=兵庫県洲本市の「五色園」で、三角

真理撮影

 「お昼です」。お呼びがかかり、食堂へ。晏江さんは歩くのに慣れないので、弘さん

の腰に、右手の人さし指をチョンとあてて、その1点が離れないように歩いた。お昼の

メニューは豚玉のお好み焼きなど。弘さん、カーディガンの袖をギュッとまくしあげて

「ここの食事はおいしいんです」とご自慢。

 部屋に戻ってまもなく、再び寮母さんがドアを開けて「きょうは売店の日です」と知

らせにきた。食堂に行くと、テーブルに野菜や果物、パン、お菓子などが並んでミニス

ーパーのよう。晏江さんはみかんやティーバッグなどと「これ、主人が好きなの。食べ

過ぎて、よくないんですけどね」とカップ麺を入れた。買い物はビニール袋3袋になっ

た。弘さんは黙って3袋とも持った。晏江さんは、さっきと同じように弘さんの腰に指

を一本くっつけてつながった。

 とても自然な流れだった。