サリン散布冤罪者ともなった川野さん、「もう死刑者のことは許していた」と語る!
ご機嫌いかがでしょうか。
視界ゼロのみこばあちゃんです。
オーム事件は6名の死刑が執行されたことで決着を見た
異例的な事件でもありました。
サリン事件においては今なお後遺症でお苦しみのお方もおられます。
多くの事件で多くの人生観も変わらざるを得なかったオームい一連事
死刑執行者の中には、松本を「大馬鹿門」と言っては自分の愚かさの中で
自分を苦しめ続け、死刑その日を迎えた人もいるという。
川野さんはサリン散布者として冤罪もかけられ
なおも奥さんはサリン被害者として長きにわたり苦しみ続けられても来られた。。
そんな川野さんは「今ではもうゆるすことができている」と・・・!
死刑より無期懲役もあったのでは友
川野さんは静かに言葉にされる。
普通の日常からオームにかかわり人生は一変し
その恨みつらみもどれほどふかいものであったかしれない!
妻の闘病、えん罪から今に至る過程はどれほどのくなんざかであったろう?
誰もが信じられないほどのブラックホールも体験された言葉は
宝石にも似た優しくて神々しいほどの言葉に胸が詰まる。
冤罪をかけられるにあたり報道機関のなんと無秩序な報道に
どれほど苦しめられたことかと川野さんは穏やかに語られる。
活字のインパクトはあまりにも大きく人の胸を
えぐるような報道にもなってしまう。
川野さんのインタビューの引用です。
記者会見する松本サリン事件被害者の河野義行さん=26日午後、愛知県豊橋市
オウム真理教がまいたサリンが原因で妻を亡くした松本サリン事件被害者の河野義行
さん(68)が26日午後、愛知県豊橋市で記者会見し、「全ての人(死刑囚)に、も
う許しているという思いがあった」と静かに語った。
オウム死刑囚6人、一斉執行=地下鉄サリン散布役など-確定13人全て終える
河野さんの妻澄子さんは14年余りの闘病中、一度も意識が戻らず、2008年に6
0歳で亡くなった。「やっと自由になれたね」という言葉で天国へ見送ったという。
「緊急インタビュー 河野義行さんも怒った! 小沢報道と松本サリン、郵便不正事件
は同じです
厚生労働省の村木元局長の冤罪事件を報じる新聞を見て、順序が逆だろうと思い
ました。新聞は検察の批判記事を書きまくっていましたが、事件当初、自分たちはどう
書いていたのか。村木さんを犯人扱いしてきたではないか。それなのに、手のひら返し
で、検察批判に転じる。すいぶん、身勝手なものです。
◆あまりにおかしい大マスコミの身勝手報道
まず、自分たちの報道姿勢を反省し、それから検察批判が順序でしょう。松本サ
リン事件で私が犯人扱いされてきた時とまったく一緒の光景が繰り返されている。あの
時も新聞は「長野県警、謝れ」みたいな報道をしましたが、一緒になって犯人扱いして
きたのは新聞です。私が恐ろしいと思ったのは当時、メディアが私に潔白を証明しろ、
と迫ってきたことです。彼らにとって、捜査機関は絶対である。間違えるわけがない。
それが違うと言うなら、自分で示せ、と。容疑者が真犯人かどうか、立証責任は捜査機
関や検察にあるのに、通じない。
そして、松本サリン事件とまったく同じ構図なのが、小沢さんの政治と金の問題
だと思います。
小沢さんは検察が本人を何度も事情聴取し、事務所や関係先も徹底的に家宅捜索
した結果、不起訴になった。それなのに、メディアは「おまえは疑われているのだから
、自分で疑いを晴らせ」と迫るのです。これは恐ろしいことです。
村木さんと違って、小沢さんは逮捕もされていないんですよ。それなのに、何年
間も犯人扱いされ、説明責任を求められる。捜査当局=権力者の間違いを監視し、チェ
ックするべき報道機関が、捜査当局のお先棒を担ぎ、法治国家を否定するようなことを
する。
その背景には、さまざまなことがあるでしょう。小沢憎しがあるのかもしれない
し、捜査当局との癒着もある。冤罪がなぜ、なくならないのかというと、組織の長が最
初に一定の方向性を示すと、なかなか変えられないのです。見込み違いは、トップの能
力を問われるからです。
だから、なかなか軌道修正ができない。証拠がないと、容疑者に大声を上げる。
当局が描いた事件に持っていこうとし、供述を強要することになる。私のときがそうで
したが、変わっていない。