8月より、医療費 介護負担の改定。

     ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのミコばあちゃんです。

8月より、医療費負担が海底になっている。

戦後の子の復興に感謝しつつ、わが身に迫る不都合が生じると

生活の苦しさから悲鳴を上げたくもなる。

本当にご都合主義もよいところです。

今月の年金額は、支払い分の3分の1に驚き生活不安が頭をふさぎはするが

戦中のことを、思えば我慢もできようというもの。

 此のたびの医療費は、高額所得者に負担額が増額される仕組みになっている。

国民の互助会において支えきれなくなってきている公的保証。

企業業績などが、少し上向いてきているとはいえ 賃金までに

跳ね返ることがないので消費行動は冷めたままである。

 貧しい暮らしの中にわずかなきもちのゆたかさだけはもっていたいもの・・・。

      産経より。

【ゆうゆうLife】医療や介護の月額上限引き上げ 8月からの制度改正

高齢者が医療や介護を利用したときに支払う自己負担の上限額が今月から上がった。高齢でも一

定の所得がある人には相応の負担を求めようというのが改正の趣旨だ。医療や介護の費用が増

え続けるなか、所得のある人の負担増は避けられない。だが、複数の利用者がいる世帯や医療

も介護も必要な人は、制度の隙間で思わぬ金額になる例もあり、一層の目配りが求められてい

る。(佐藤好美)

月額5万7600円

医療機関で治療を受け、自己負担が高額になったときは、上限を超えた費用が所得に応じて払い

戻される。「高額療養費制度」と呼ばれる仕組みだ。

例えば、抗がん剤治療で月に100万円の医療費がかかっても、3割負担の人は30万円を請求

されるわけではない。69歳以下で平均的な収入(約370万〜約770万円が目安)なら、

1カ月の自己負担は9万円弱で済む。この額が続くと、4カ月目からはさらに減額される。

この高額療養費制度で、70歳以上の上限額が引き上げられた。対象は住民税が課税される人。

年収が370万円未満の場合は、外来の上限が月に1万2千円から1万4千円(年間上限は1

4万4千円)にアップ。入院した場合を含む世帯の上限も、4万4400円から5万7600

円に引き上げられた。

年収がさらに高く、おおむね370万円以上(課税所得が145万円以上)の人は「現役並み」

とみなされ、外来の上限が4万4400円から5万7600円に引き上げられた。

皆保険持続のため

引き上げられたのは、医療の上限だけではない。同様の仕組みは介護保険にもあり、「高額介護

サービス費」と呼ばれる。この上限も8月に引き上げられた。対象は、世帯に住民税が課税さ

れる人がおり、1カ月の負担上限がこれまで3万7200円だった世帯。これが4万4400

円に引き上げられた。

引き上げは、国民が医療や介護のサービスを、できるだけ安い費用で利用できる「皆保険制度」

を持続可能にするためだ。

現役世代では、大企業の社員や公務員など支払い能力のある人が、介護保険料を多く負担する仕

組みが導入された。高齢層の上限引き上げに比べれば、財政への影響はこちらの方が大きい。

今回の改正は「現役世代ばかりが標的になっている」との批判をかわす狙いもあった。

ただ、介護保険の負担はもともと一律1割負担でスタートしたが、2年前に2割負担が導入され

たばかり。来年には3割負担の導入が決まっており、上限の引き上げと併せて、影響を見守る

必要がある。

■世帯上限はあるが…合算に制約

一定の所得がある高齢者の負担増はやむを得ないが、“世帯の負担”には懸念の声が出る。

「夫婦で治療費がかかったらどうなるのか」

「夫は医療が必要で、妻は介護が必要だと、どうなるのか」

「1人が医療も介護も使う場合はどうなるのか」

制度上はいずれにも対応する仕組みがある。だが、必ずしもうまく機能しない。

後期高齢者医療と国保

大阪府にある病院の医事課の職員は昨年夏、釈然としない思いをした。府内に住む77歳の男性

が誤嚥(ごえん)性肺炎で入院中に、72歳の妻が脳出血で入院してきた。だが、77歳の夫

後期高齢者医療制度で、72歳の妻は国民健康保険に加入していた。個々に上限の4万44

00円(当時)が適用され、世帯の負担は8万8800円になった。

例えば、70歳以上の高齢夫婦が2人とも同じ健康保険なら、1カ月の治療費は合算でき、そこ

に世帯の上限が適用される。かかった医療機関や日付が違っても、1人が入院で1人が外来で

もOK。年収の目安が約156万〜約370万円の一般的な収入なら、上限は2人で月に5万

7600円。

だが、前述の夫婦のように、2人の健康保険が異なると合算できない。高齢者は全員が75歳か

後期高齢者医療制度に移行するため、夫婦に年齢差があると合算できないケースが起きやす

い。限度額がそれぞれにかかり、思わぬ負担増にも直面する。

職員は「息子さんが来て払っていったが、ずいぶん不都合な仕組みだと思う。2人が同い年で同

じ健康保険なら、世帯で4万4400円で済むご家庭だった」と振り返る。

2人が同時に入院するのは珍しいが、1人の医療事務職が見たから“発見”できただけ。似たよ

うなことは「入院」と「外来」の組み合わせでも起きうる。

医療と介護にも同じ課題

医療と介護の組み合わせにも、同じ“不都合”がある。

1人が医療も介護も使う場合や、夫が医療、妻が介護を使う場合には、世帯の利用額に上限がか

かる「高額医療・高額介護合算療養費制度」がある。70歳以上の一般的な収入の世帯なら、

年間上限は56万円だ。

だが、やはり健康保険が同じでないと適用されない。しかも、精算は年単位。関係者からは「費

用が還付されるころには、利用者が死亡していることもある」(関西地方の自治体)との声が

出る。

厚生労働省は「健康保険は個々の保険者で成り立っており、制度の趣旨からも技術的にも、保険

者を超えた軽減制度の設計は困難」とする。

医療や介護、障害や保育など、社会保障の負担には個々に軽減策がある。トータルな軽減策を求

める声は根強く、消費税の10%への引き上げが議論された折には制度を横断する「総合合算

制度」の創設が検討された。だが、その後議論は立ち消えになったまま。新たな合算・軽減の

検討が求められる。

水俣条約決定、「国際的水銀規制のるーる決定」

     ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのミコばあちゃんです。

窒素の工場より排出されたメチル水銀が未処理のまま水俣湾に排出されたことで

そこの魚介類を摂取したことで起きた神経症状のことで

これによりどれだけの方々の幸福を奪ったことであろうか。

おまけにその病の風評被害、差別、人間として拭い去れないこのような行動により

どれほどの方々が重篤な水俣病に加え、精神的な抑圧を受けてこられたことであろうか。

また、水俣湾に次、昭和電工による事件も新潟においても起きている。 

メチル水銀で汚染されていた時期にその海域・流域で捕獲された魚介類をある程度の頻度で摂食

していた場合は、上記症状があればメチル水銀の影響の可能性が考えられる。典型的な水俣病

の重症例では、まず口のまわりや手足がしびれ、やがて言語障害、歩行障害、求心性視野狭窄

、難聴などの症状が現れ、それが徐々に悪化して歩行困難などに至ることが多い。これらは、

メチル水銀により脳・神経細胞が破壊された結果であるが、血管、臓器、その他組織等にも作

用してその機能に影響を及ぼす可能性も指摘されている[5]。また、胎盤を通じて胎児の段階で

メチル水銀に侵された胎児性水俣病も存在する[5][6]。

上記のうち、いくつかの症状が同時に現れるものもあるが、軽度の場合には、臨床症状だけでほ

かの病気と識別診断するのは一般に困難である。このような様々な症状の程度は、一般にメチ

ル水銀の曝露量に依存すると考えられるが、メチル水銀は既に体内に残留していないため、過

去にさかのぼって曝露量を推定することは困難である。発症後急激に症状が悪化し、激しい痙

攣や神経症状を呈した末に死亡する劇症型は、高濃度汚染時期に大量のメチル水銀を摂取し続

けたものに見られる。この臨床症状は典型的なメチル水銀中毒であるハンター・ラッセル症候

群(有機水銀を使用する労働者に見られた有機水銀中毒症)とよく一致し、これが水俣病原因

物質究明の決め手となった。劇症型には至らないレベルのメチル水銀に一定期間曝露した場合

には、軽度の水俣病や、慢性型の水俣病を発症する可能性がある。

このような水銀汚染でたくさんの犠牲者があってはならない。

世界レベルの動きとして、国際条約として水銀汚染に関する規制ルールが

定められたことは歓迎したいものです。

水俣条約が決定したとしても

今なおこの汚染被害でお苦しみの方々のことを

思うにつけ言葉を羽失います。

繁栄とその影を見せつけられたかのような事柄に胸が詰まります。

水銀汚染のない世界へ 水俣条約、きょう発効

http://www.asahi.com/articles/ASK895QSJK89ULBJ00D.html

多数を占める新人議員による都議会スタート。

     ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのミコばあちゃんです。

 東京都議会が「市民ファースト」が圧勝し

気が付けば自民が大敗し22議席と,安部総理にNOを突き付けただけのこと。

 でも総理の半生はみじんもうかがい知ることなどない。

首都圏の敗退は、その影響は甚大であるはず。

市民ファーストが望まれたわけではない。

受け皿のない行き場を失った票が市民ファーストに行っただけのこと。

 小池代表に信認が集まっているわけではない。

確たる政治理念もうかがい知ることもできず、この票は棚から牡丹餅的な票にすぎないことを強

く認識いただきたいもの。

 これからは安保問題も時間を、置くことなく大変な段階にさしかかろうとしている。

北朝鮮のミサイル問題

中国の南シナ海の侵入と、日本の国防費も膨張に次ぐ膨張。

これらが効果的に展開できる道筋の検証も容赦ない

国も東京都も本物の議員がひたすら求められる。

骨太の方針もさりとて、骨太の人材が求められる。

「小池与党」過半数に 新都議会がスタート

http://www.nikkei.com/article/DGXLZO19811830Z00C17A8CC1000/

     では、ごきげんよろしゅうに・・・。

平和ある日々に合唱。

     ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのミコばあちゃんです。

 終戦記念日が来ても、両親さえ、戦争とは無縁の時代の子供たち。

関心を寄せる子も少なくなってきました。

 シベリアでの抑留当事者のお話に触れ、今日ある今に感謝です。

これからの時代を担うべき若者が、兵隊として意思にかかわらず徴集され

戦地に送られ、多くの大切な命が残酷な環境のもと戦地で散らざるを得なかった

無念さは、いかばかりであったろうかと思われる。

 また抑留者としての使命はあまりにも過酷としか言いようがない。

まして、シベリアといえば、自然の厳しさの戦いもあったであろう。

抑留者として、飢餓、寒さ、労働といった劣悪の中でよくぞ帰られ

ただただ、最敬礼であります。

 敗戦からこの高度成長期を共に過ごされ、戦火に散った多くのお仲間が

随所で思い返され断腸の思いが拭い去れないのではと推察します。

 今の時代を見るにつけ、抑留生活のお話に封印されてきたことは

それなりに理解ができるような気も致しております。

今の幸せに、改めて合唱したく存じます。

    東京新聞より。

「平和のありがたみを実感して」 旧ソ連軍に2年抑留、土浦の円城寺さん語る

戦争を知る世代が高齢化しているため、土浦市立博物館は本年度から、市民約七十人から聞き取

った戦争体験を本にまとめる作業を始めた。旧ソ連軍に約二年間も抑留された経験を持ち、聞

き取り調査に協力した同市手野町の円城寺良一さん(94)は「平和のありがたみを実感して

ほしい」と話している。 (宮本隆康)

円城寺さんによると、一九四三年に二十歳で陸軍に入隊し、満州で敗戦を迎えた。旧ソ連の影響

下にあったモンゴルに移動。鉄条網に囲まれた収容所で、れんが造りなどの過酷な労働を強い

られた。

九月から川は凍り、冬の気温は氷点下三〇度になった。すきま風が吹く宿舎の床で、外套(がい

とう)を来たまま眠った。わずかな食事と水しか与えられなかった。春になると、芽を出した

雑草を摘み、ゆでて食べた。シラミがびっしり体に付いたが、飢えと寒さのあまり、かゆみは

気にならなかった。

労働のノルマを果たせない人は、見せしめに縛られて外に放置され、夜明け前に死んだ。宿舎内

でも、朝起きると、仲間が栄養失調で死んでいることが度々だった。骨と皮ばかりの遺体は、

埋葬できず山積みにした。

「つらいなんてもんじゃない」と振り返る抑留生活の後、ソ連軍の審査などを経て四九年十一月

に帰国した。あと数日で死亡扱いになる寸前で、自宅に戻ると驚かれた。「出征は大勢の歓声

で見送られたのに、帰りは寂しく惨めだ」と思った。

「あんな思いは自分の胸に納めておけばいい。体験した者にしか分からない」と考え、最近まで

家族にも話したことはなかった。それでも、市立博物館に頼まれ、今月十日に約三十人を前に

体験を語った。「若い人たちには、今の生活の幸せを自覚してほしい」と願っている。

   下記は小学生の読書感想文です。(白旗の少女)

食べたいものが食べられたり、家で眠ることが出来たり、テレビを見たりできる。このように暮

らすことは私たちにとって当たり前に存在する。これらは日本では当然の事ではないでしょう

か。私は『白旗の少女』を読むまではそう信じて疑いませんでした。

2、

 『白旗の少女』は姉の本棚にあって、小学校のころからその表紙だけは良く目にしていました

。当時は題名だけ見て読んでみたいとも思わなかったのですが、今年、一人暮らしを始める姉

からもらったのを機に読んでみました。この本の話は1941年12月8日に始まった太平洋

戦争を背景に、沖縄県に住むある家族の末っ子である、松川富子さんが戦火をくぐりぬけなが

ら生き抜いていくというお話です。私は3人姉妹の一番下なので富子さんの兄弟に対する気持

ちにはとても共感しましたし、想像もできないような恐ろしい状況下で生きて行く富子さんの

姿にいつの間引き込まれていきました。 

3、

私たちは普段の生活で自分の命を心配したり、大切な家族や友達を失うようなことはめったにあ

りません。平和が当たり前になっている今の日本が70年ほど前には戦争をしていたとは私に

は想像すらできません。しかし、約4年間の戦争中に日本人だけで18万8千人以上の尊い

が犠牲になっています。今こうして生きていることをとても幸せだと感じられます。富子さん

は太平洋戦争で家族の半数以上を亡くします。しかもお兄さんは自分のすぐ隣で流れ弾に当た

って死んでしまいます。こんな体験をしたら、次に死ぬのは誰なのか、目の前のあの人だろう

か、それとも自分だろうかと不安な気持ちの連続だったに違いありません。  戦争中は多く

の人がこんな不安の連続の中で生きて行かなくてはいけないのでしょう。今も世界のどこかで

戦争が行われていることを考えると、とても恐ろしくなります。何も悪い事をしていない人が

次々に殺されていきます。誰が戦争を続けようとしているのでしょうか。戦争はいつ終わるの

か分かりません。私たちの日常ではすぐに明日が何事もなくやってきます。でも戦火の中の人

たちには明日が来るとは限りません。来たとしても不安と恐怖が続くのです。

4、

戦争は何のために行われるのでしょうか?勝つことが目的なのでしょうか?国同士の争いで犠牲

になるのは戦争を始めた人たちではありません。戦争をせずに世界を変えてきた偉人たちがい

ます。言葉で世界を変えることが出来る。それを彼らは教えてくれています。いま、私たちは

昔よりも自由に簡単に言葉を世界に向けて発発信ることが出来ます。私は逃げ回る富子を唯一

迎え入れてくれた夫婦のおじいさんの、  「富子のやさしい気持ちは、とてもありがたい。よ

くぞ、わしたちといっしょに死にたいといってくれた。でもなあ、富子。おまえは、まだまだ子

どもなんだ。体だってじょうぶだ。だから、死ぬなんていう言葉を口にしてはいけない。元気

を出して、しっかりしなければいけないよ。富子、この世でいちばん大切なのは、人の命なん

だよ。命だよ。」 と言う言葉に心を大きく動かされました。命の尊さと、どれ程の助けがあ

って自分が生きているのか、今の平和な日々があるのはなぜなのかを改めて考えさせる大切な

言葉だと思うからです。今の生活の中では普通に生きることが幸せと思いがちです。でも本当

はこの世に生を受けたこと自体が幸せなのではないのでしょうか。もし、誰かが亡くなってい

たら、もし、違う行動をしていたら、今、自分はこの世に生まれていないかもしれない。そう

思うと、今生きていて、世の中が平和であることに感謝しなくてはいけないと思います。

 私も〈白旗の少女〉ヨミはしましたが

このような立派な感想文などとても程遠く感じます。

憲法9条の理念は未来永劫である。

 視界ゼロのミコばあちゃんです。

 終戦記念日にあたり多くの御霊のおかげ様をもって

今日ここにあることに感謝申し上げます。

戦後から高度成長期、今なお

また憲法9条のもとしっかりまもられてきたこともじじつです。

世界的評価において自衛隊は、武器も持ち、訓練も受け、

立派な軍隊としての位置づけもささやかれていることもまた事実。

自衛のための手段とはいえ、もはやそれでは通用しない

ところまで来ているのかもしれない。

だけれど国民の自衛隊に対する意識レベルといえばやはり軍隊などといった

位置づけをしていないことも大半である。

海外派遣においても国民の多くは後方支援、戦火の色合いなど全く感じないところでの支援しか

望んでいないと思える。

憲法自体、政府の抑止力としての働きもある。

憲法はもはやぢ台の要請に取り残された上皇のようにも言われるが

戦後からこの高度成長をずっと支えてきた理念は立派にその役割を担っている。

 数の力を背景に成立した法律も変えることはできるが憲法は揺るがないものでもある

自衛隊国防軍になることだけは絶対に容認などできない。

日本は唯一被爆国であることは訴え続けなければならない。

自衛隊の海外における道路づくり、ライフラインの復興もたいせつなやくわりではないのですか

??

国民の憲法への意思表示は、大切な一票に込めるほかない

    東京新聞より。

終戦の日を前に 9条の理念守るために

今年もあす終戦の日を迎えます。悲惨な戦争を二度と起こしてはならない。戦後、そう誓った憲

法九条の理念は、これからも守り抜かねばなりません。

これまでも在任中の憲法改正を政治目標に掲げていた安倍晋三首相(自民党総裁)が、改憲実現

に向けて大きく踏み込んだのが、憲法施行七十年に当たる今年五月三日の憲法記念日でした。

東京都内での改憲派の集会にビデオメッセージを寄せ、九条について次のように述べたのです。

「『九条一項、二項を残しつつ自衛隊を明文で書き込む』という考え方、これは国民的な議論に

値するのだろうと思います」

◆「軍隊」持つ自民草案

改憲実現の時期についても「二〇二〇年を、新しい憲法が施行される年にしたい」と明言し、六

月の講演では、秋に召集予定の臨時国会で衆参両院の憲法審査会に、自民党憲法改正草案を

提示したいと、さらに踏み込みました。

その後、東京都議選での惨敗と内閣支持率の急落を受けて、首相は内閣改造後の記者会見で「ス

ケジュールありきではない」とトーンダウンしましたが、自衛隊憲法に明記する首相の「加

憲論」は九条論議に一石を投じることにはなったようです。

憲法九条と自衛隊の在り方は戦後日本政治の中心的論点でした。

一九五五年の結党以来、改憲を党是としてきた自民党は野党時代の一二年に発表した改憲草案で

自衛隊を「首相を最高指揮官とする国防軍」に改編する九条改正案を打ち出します。日本が

「軍隊」を持つことは、自民党には目指すべき「九条」像なのでしょう。

自衛隊の存在を憲法違反と考える意見はもちろん今も根強くありますが、歴代内閣は自衛隊は憲

法が禁じる「戦力」に当たらないとの見解を堅持してきました。

◆首相加憲論への異論

一五年に行った内閣府世論調査では、自衛隊に「良い印象を持っている」と答えた人は92・

2%に達しています。災害時の救援活動や、海外では武力の行使はしない専守防衛に徹してい

ることが評価されているのでしょう。

自衛隊はすでに現行憲法の下で国民に広く認められているのだから、九条改正の必要はない、と

いう改正不要論は、一定の広がりがあるようにも見えます。

九条に手を加えれば、戦争放棄や戦力不保持という理念が壊れてしまう、との懸念は当然です。

安倍首相の加憲論は、戦争放棄の一項、戦力不保持の二項を残すとしている点で、九条の理念に

変わりがないことを示そうとしているのかもしれません。これまで加憲論を提唱してきた公明

党への配慮があるのでしょう。

しかし、異論もあります。

「首相提案のポイントは、九条一、二項の否定にあります。第三項を書き込むだけで、オセロゲ

ームみたいに、九条の意味が平和条項から自衛隊を正当化する軍事条項にひっくり返ってしま

う仕組みですから」。本紙特報部の取材にこう答えているのは、文芸評論家の加藤典洋さんで

す。

自民党を含めて歴代内閣は、集団的自衛権は有するものの、行使はできないとの憲法解釈を堅持

してきましたが、安倍内閣は解釈の変更により行使を容認しました。 現状のまま自衛隊を憲

法に書き込めば、専守防衛を逸脱したまま追認することになり、九条の理念は蔑(ないがし)

ろにされてしまうからです。

一方、九条の理念を守るために、あえて改正すべきだとする「新九条論」も提唱され始めていま

す。

加藤さんが著書「戦後入門」で提起したのは、戦争放棄の一項を維持した上で、自衛隊を国土防

衛隊と国連待機軍に再編、交戦権を国連に移譲し、外国軍の基地は許可しない、という条項を

加えることです。

また、ジャーナリストの今井一さんは著書「『解釈改憲=大人の知恵』という欺瞞(ぎまん)」

で、個別的自衛権の行使としての交戦権を認める一方、集団的自衛権の行使は放棄する、専守

防衛に徹する自衛隊の保持を唱えました。

法哲学者の井上達夫東大大学院教授は九条削除論を提唱しています。「特定の安全保障観を憲法

に固定化すべきでない。安全保障の問題も、通常の民主的討議の場で争われるべきだ」との趣

旨です。

◆思考停止に陥らずに

先の大戦の反省に立ち、二度と悲惨な戦争を繰り返さないと誓った九条は、戦後日本の在り方を

決定付けた条項です。それを改正するのか維持するのか。最終的に決めるのは、私たち国民自

身です。

今を生きる私たちには、九条の理念を次の世代にも引き継ぐ責任があります。そのためにはどう

すればいいのか。思考停止に陥らずに、一人ひとりが考え続け、行動することが、九条の理念

を守ることにつながると思うのです。

それを、軽々に憲法解釈をゆがめ自衛隊の存在を変えるようなことがあってはならない。

やはり被爆国としての役割は大きいはずである。

何のために多くの御霊が「水が欲しい」と訴えながら無念ある命を失ったことだろう。

 今の憲法解釈の中で、日本の自衛隊としての誇りある支援は十分できるはず。

北朝鮮、ミサイル発射断念か??

     ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのミコばあちゃんです。

 北朝鮮問題は中国が経済制裁を実行することで

グアムへのミサイル実験はどうやら回避の運びとなりほっとしているところです。

ミサイルが日本の上空を通ることだけでも大変ですが

NYダウも上昇とカなので、まずは一安心といったところでしょうか・・・。

   東京新聞より。

中国、北朝鮮の石炭輸入全面禁止 15日から国連決議履行

【北京共同】中国商務省と税関総署は14日、北朝鮮からの石炭や海産物などの輸入を15日か

ら全面的に禁止すると発表した。国連安全保障理事会が5日に採択した北朝鮮に対する新たな

制裁決議に基づく措置。北朝鮮の最大の輸出先である中国が決議の全面履行を明確にしたこと

で、北朝鮮が経済的に大きな打撃を受けるのは必至の情勢となった。

 米軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長は14日、韓国訪問を終えて北京入りした

。滞在中、人民解放軍の房峰輝統合参謀部参謀長らと会談する。中国はこうした日程に合わせ

北朝鮮への厳しい姿勢をアピールする狙いがある。

ウクライナの工場で製造か 北朝鮮ICBMエンジン

【ニューヨーク共同】14日付の米紙ニューヨーク・タイムズは専門家や米情報機関の分析とし

て、北朝鮮が7月4日と28日に発射した大陸間弾道ミサイルICBM)のロケットエンジ

ンはウクライナの工場で製造され、闇市場を通じて調達された可能性があると報じた。

 専門家らは、北朝鮮金正恩朝鮮労働党委員長が同エンジンを視察する写真を分析した結果、

旧ソ連のミサイル部隊が使用していたエンジンの構造を原型としていたと結論付けた。このエ

ンジンを搭載したミサイルは10個の核弾頭を運搬し、大陸間を飛行できるほど非常に強力だ

という。

関門海峡15000発の花火に総理ご臨席

     ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのミコばあちゃんです。

 総理が此のたび故郷入りし、関門海峡において、約15000発の花火が夜空に

繰り広げられしそれに総理も出席。

5寸球をはじめ海面を這うように放たれる花火に多くが酔いしれた。

 総理の毎日のスケジュールは、本当に分刻みのような過密スケジュール。

そんな中、地元入りまで果たされるのだから大変です。

誰に嫌われても地元がそっぽを向いていたなら打つ手はありませんよね。

 総理には、真実のもと、本木戸が伝わる基本政策が強く望まれます。

国民として、何か一つ事柄が生ずれば、それがきっかけで、信頼度が

どんどん下がるのであれば国民としての戸惑いは禁じ得ない。

日本を悪くしたいとは、お思いではあるまいが透明度だけは求めたい。

デフレ脱却を掲げていながらそれから脱し切れていないことも

国民に素直に認め、ともにあゆめるせいじしせいもあるべきなのではありませんか??

 総理の海外訪問は歴代一位ともされております。

これも必要不可欠です。

トランプ大統領のように自国ありきの政策は世界が認めません。

此の海外訪問にかかわるお金も甚大です。

検証ありきで頂きたいものです。

 健康あればこその総理です。

どうかお体ご自愛くださいませ。

首相、地元・山口の花火大会出席「世界中の人が集まる街に」

安倍晋三首相は13日、昭恵夫人とともに地元の山口県下関市関門海峡花火大会に出席した。

「地域が良くならなければ日本も成長していかない。この活気を生かしてどんどん若い人が集

まってくる、世界中の人たちが集まってくる街になっていけばいいなと思う」とあいさつした。

 この後、同市内の忌宮神社で開いた「数方庭(すほうてい)祭」にも参加した。地域住民たち

との記念撮影にも応じた。

 首相は11日から昭恵夫人と地元・山口県入りし、お盆に合わせ、県内の支援者らの自宅を相

次ぎ弔問している。支援者からは「お身体だけはお気をつけください」などと健康を気遣う声

をかけられることが多かった。首相も「ありがとう。大丈夫です」などとこたえていた。

 首相は14日も支援者の自宅などを訪問した後、同日午後に東京に戻り、15日には東京・千鳥

ケ淵で開く全国戦没者追悼式に出席する予定だ。