かじの法案成立、ばくち経済効果ねらう阿部総理??

     ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

国内初のカジノ解禁につながる統合型リゾート(IR)実施法案の参議院での審議が大詰

明日の会議で決定の運びです。

 この法案も主権者は反対の世論調査結果です。

 これは暴力団の介入もある程度、予想しなければならない。

 賭博は時間も忘れるほどの魔力もあります。

一人が多くのお金を動かすことでの

経済効果はおおきい!

この暴走を止めることのできない野党。

またやりたい放題の与党

 国会を憂いてみても、これもこくみんのせんたくしのけっか!。

1兆円を超える債務には5年間もの延長とは信じられません。

総理の三本の矢は見直し検証もなく失敗など認めることもなく

債務は日銀任せの状態です。

 この債務高が世界企業で問題視されるようになったら

たちまち信頼は喪失。

これ以上債務は防がねばなりません。

金利が急騰したならどうなる?

国会家計簿も歳入と歳出の同時進行しなければ

赤字は先送りの積み重ねで決して解消の糸口に立つことなどありえません。

今は日銀がすべて引き受けてくれているおかげで

表ざたになりにくい仕組みとなっています。

これは危険の坂を上り続けているとしか言えない。

補正予算を目標値を決めなければ債務の制限枠は赤字意識などは

感じることなどありえない。

総理は、経済成長だよりを続けるしかないのであろうが

これも絵を描いた餅のようなもの。

日本のあるべき姿は真実を直視した家計簿でなければならないはず

カジノ依存症で、あげくの果ての生活保護も生むことにも

なりかねない現実の手当などあるまいに・・・。

 これもかじの成立で債務解消のおおばくちの総理の腹案か?!!

 災害地には、お風呂の提供ホテルも増え

 熱中症対策も、少し労働、少し休むサイクルをタイマーで管理しボランティアの方たちのこの猛暑対策にと管理い!

この苦しく険しい条件の中でのボランティア活動

本当にありがとうございます。

 災害はいつ誰のもとにおとづれるかわかりません

あなたのその優しい手の暖かいぬくもりは、被害者お一人お一人の血液として

脈々といきつづけることでしょう!

3連休以降少くなったボランティアに代わり

地元の高校生が夏休みを利用し若いえねルぎーをいただいてもいます。

皆様には本当にありがとうございます。

今日のスタートが少しでも明日への希望となりますように。

【攻防・終盤国会】IR実施法案、20日に成立 野党は内閣不信任案提出へ

http://www.sankei.com/politics/news/180719/plt1807190037-n1.html

   曽野綾子新書 『納得して死ぬという人間の務めについて』

               ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

 86歳の〈曽野綾子〉だからこそ言える言葉もあろうというもの、。

 5人もの家族と住み、その看取りまでも自宅で送ってこられた

いわば看取りは日常茶飯事と受け入れてこられた。

このような人はいくらなんでも少ないと思える。

また同時にお幸せな家族であったことだろうと思えたりもします。

 誰にもに訪れる死の訪れは

いつ何時訪れるかもしれません。

これはうまれてからすぐにびょうまとのたたかいもあろう?

 延命措置のおかげで100歳を超えてもなお、延命措置のおかげで

ベッドにくぎ付けになっておられるお方も

多くおられるはずです。

曽野綾子さんが記された「納得して死ぬ」これは難しい課題でもあります。

今のお年寄りが「死にたい」言いつつ医者通いは書かせられません。

これはい期待の裏返しなのか

それとも楽に死にたいがための延命なのか

 みこちゃんはわが人生のendingは決めています。

できるだけ医者にはかからない。

食欲が落ちてもそこから1か月の苦しみを乗り越えた先に静かなる旅立ちができるので

はと覚悟も新たにもしているところです。

つい先日の食あたりで空えづきするほどの

嘔吐には閉口した経験もあり

少々の覚悟では乗り越えられないこともシミレーションできたようでもあります。

 死ぬることは、生かされている時間の有効性が

深く問われているのだろうと思っています。

不自由さを感じながら生かされる過程を、どう受け入れて生きるかの選択にあると老後

におびえるのではなく

不自由さを受け入れてもなおも聖なる目標だけは

掲げて感謝の日々と結び付けたいものです。

 曽野さんはご主人の家出の看取りまですでに作品として世にも

出ています。

この本に触れ、ご主人が入院ののち我が家に替えられ他ご主人の輝かしいほどの

絵がをのくだりに接し

「わが家が一番」が表現されていました。

終末にはすでに認知も来ておられ

旅立ちは苦しむこともなく眠るがごとくに旅立たれたとのことでした。

 曽野さんはご主人の愛用のものはと他ずれられたとき

迷うことなく「私でしょう」と答えられたようです。

本当に素晴らしいご家族拝見でした。

     産経より。

曽野綾子さん新刊『納得して死ぬという人間の務めについて』 与えられた時を分相応

に (2018年7月4日 09:25)

 誰もが迎える「死」と、人はどのように向き合えばいいのだろうか。作家の曽野綾子

さん(86)が『納得して死ぬという人間の務めについて』(KADOKAWA)を刊

行した。

 曽野さんは昨年2月、夫で作家の三浦朱門さんを91歳で見送った。自宅での介護、

最期の別れを受け止め、いずれ自らに訪れる死にも踏み込んで描いているのが印象的だ

 《彼が一番「携行」したかったものは、湯飲みでも、愛用の万年筆でもなく、多分私

だったろう》

 朱門さんの棺(ひつぎ)に、好きなものを入れてあげてと促されたときの思いだ。6

3年あまり連れ添った夫婦の絆がしのばれ胸をつかれる。

 「三浦朱門と私は、本当によく話した。好みもいろいろ違い、けんかもしましたが、

何でも二人で解決できると思っていた。今は一人でやらなければいけないので、それは

ずいぶん違います」

日常性取り戻す

 曽野さんは幼稚園から大学まで聖心女学院に学び、「人生は単なる旅路にすぎない」

「人生は永遠の前の一瞬である」というカトリックの死生観に親しんで育った。空襲も

体験し、長じては、実母と夫の両親の3人を自宅でみとり、死について考えることは日

常茶飯事だった。それでもなお、最愛の夫の死に際して、《これまで、私は死について

観念で書いていた》と記す。

 この部分は、朱門さんが亡くなった晩に執筆した。あえて筆を執ったのは、「日常性

を取り戻したかったから」だという。20代から書き続けてきた作家ならではの心の計

算だろう。

 曽野さんが繰り返し訴えるのが、「今を謙虚に、死を意識して生きる」ことだ。

 年配者に限らず、子供ですらいつ死が訪れるか分からない。人生の持ち時間を、だれ

も計算できない。それは人間を思い上がらせないための神の差し金ともいえる。「分相

応」に、すなわち「自分にできること」で、与えられた時間を大切に使うことだ。

死の教育を提唱

 かつて、曽野さんは臨時教育審議会(昭和59年)、教育改革国民会議(平成12年

)で「義務教育で死の教育を」と提唱したことがあった。「現代は家で死ぬ年寄りもい

なくなり、死が遠ざかっている。でも、死は特別なことではない。幼い子供にも、いつ

か自分も死ぬこと、父母や兄弟姉妹も死ぬことを常に教えなくてはなりません」

 とはいえ、死生観を身につけた曽野さんですら、「長生きするのは怖い」と話す。人

の世話にならなければならないからだ。

 一方で、時間があって自由に生きられる老年期こそ、学ぶのに最適な年月だとも説く

 《勉強の楽しさというものは、魂の空間に、今後の思考の足しになるようなものを満

たしていくこと》

 「100歳過ぎまで生きていたらどうしようと思います。でも、そのときどういう心

理になるか、書けたら書き留めておきたい」(永井優子)

平和単価です。

平和への思い詠んだ「八月の歌」 入賞作55首 (7/18)

 平和への思いを詠んだ短歌コンクール「八月の歌」(朝日新聞社主催、岐阜県高山市共催、高山市教育委員会後援)の優秀賞10首と奨励賞45首が決まった。今年で10回目。一般の部に560首、中学・高校の部に807首の合わせて1367首の応募があった。フランスで平和活動に取り組む歌人、美帆シボさんが選考した。表彰式は8月11日に高山市で開かれる。

 入賞作は次の通り。(敬称略、50音順)

 ◇優秀賞

 【一般の部】

少年は幼弟(おさなおとと)の亡き骸(がら)を裸足で背負い火葬場(やきば)に立てり(岐阜県高山市)坂田壽美子

核の傘」閉じて光を求めよと吾にも迫るサーロー節子は(熊本市)田川清

ガザ地区に生まれガザにて生命(いのち)終う誕生の地を選べぬ赤子(京都府長岡京市)田原モト子

無言館に真向かふ如く屹立す兜太書・俳句弾圧不忘の碑(茨城県下妻市)為我井節

次世代に継がれ継がれて語り部の「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」は途絶えぬままに(横浜市)水谷亮介

 【中学・高校の部】

子供らの手を引き向かう原爆碑歴史のバトンを繫ぐ思いに(長崎県立長崎西高2年)石森聡子

銃を持ち得られる安心ではなくて銃の要らない安心世界へ(静岡県藤枝東高1年)岩本栞

語りべの思いをのせたてんびんは悲しみよりも願いにかたむく(岡山市光南台中2年)小笠原陽

沖縄でフェンスがちらつき目をそらし海を見つめる観光客は(神奈川県・桐蔭学園中2年)小林沙葉

カナカナカナ耳を澄ませば可亡可亡可亡と聞こえて来るよ八月の声(茨城県立結城第二高3年)柳崎舞花

 ◇奨励賞

 【一般の部】

語りべの言の葉一つ漏らさじとメモとる子らの明日安らかに(岐阜県高山市)足立達恵

訓令に逆らひてなお人としてユダヤ難民救ひし千畝は(埼玉県川越市)荒川恵子

餓死と言う戦死だったか伯父二人珊瑚のかけら骨代(こつしろ)として(岐阜県大垣市)井沢美志津

南北に分かれしままのわが祖国統一の日よ生きてあれかし(愛知県岡崎市)石川久人

生きるには戦車はいらぬトラクター平和の大地風切り進む(滋賀県東近江市)植田重隆

ヒロシマのあの日を語る男(ひと)は言ふ「私は胎内被爆者です」(岐阜県高山市)打保洋子

南洋に戦死せしてふ若人の遺作のピアノソナタ身に入む(岐阜県高山市)大下雅子

年ごとに減る遺族席老いゆけど忘れじと誓ふ八・一五を(岐阜県高山市)桐山吾朗

召され行く船上の父は挙手のまゝ遠く小さく見えずなりたり(愛知県一宮市)倉田美恵子

ベルリンに「躓きの石」があると言うナチスの過ち忘れぬための(大阪府柏原市)谷たか子

子らの手が造る山、川、家、線路砂場の世界に広がる平和(熊本市)中川弘子

戦争はなぜおこるのかと孫が問う「九条」守れの署名なしつつ(大阪府守口市)中山惟行

纏(まと)ひ付く摩文仁(まぶに)の泥に靴重し此の道を来し難民思ふ(岐阜県中津川市)西尾嘉浩

残された数秒の命吾児(あこ)胸に栓の抜かれた手榴弾手に(埼玉県狭山市)林清子

オリンピック報ずる紙面の片隅にシリアの子らの泣き叫ぶ顔(岐阜県高山市)和田操

 【中学・高校の部】

この地球平和にしていく物語一人一人がヒーローになろう(静岡県藤枝東高1年)新井美咲

広島がヒロシマになる八月の平和の祈り灯篭流し(札幌市立旭小5年)新家悠介

あやまちをおかして学んだはずなのに人はまだまだ平和つかめず(岐阜県高山市国府中3年)井口萠

原爆病院に被爆した骨焼けた皮膚未だに残る戦争の跡(岐阜県立吉城高1年)岩愛子

夏の日の苦しみ重く語られて僕は今日から何が出来るか(岐阜県高山市立清見中3年)尾崎八雲

今悩む短歌一首を考える平和につながる最初の一歩(岐阜県高山市立丹生川中3年)角野拓哉

花火見る祖母の記憶の彼方には火の粉降り掛る東京の空(千葉県・国府台女子学院高1年)門井愛美

プロペラの音に身構え七〇年記憶に残る戦争の音(岐阜県立飛驒神岡高1年)上ケ平渚

原爆で屍(しかばね)を打つ黒い雨今の日本は平和だろうか(岐阜県高山市立清見中3年)上坂朝陽

戦争で人は消耗品と化す使い捨てられいつかは滅ぶ(愛知県立刈谷北高1年)川端航平

葬るな日本の闇をあやまちを一回きりの命をかえせ(愛知県・愛知淑徳中2年)菅野ひま里

刻むのだ眼(まなこ)開いて曽祖父の眠る奄美の海の喪の色(愛知県・南山高1年)菅野ほの香

将来の夢を自由に決められる今の私は曽祖父と語りたい(岐阜県高山市立日枝中3年)小林藍子

命寄せ健気に咲きしひめゆりのあまりに重き中三の夏(北海道・立命館慶祥中2年)小林天音

核のない世界を永遠(とわ)に皆願う平成最後の夏の黙祷(北海道・立命館慶祥中2年)佐藤佳織

「風通し」一枚一枚丁寧に三十万の名前の重み(岐阜県高山市立朝日中3年)杉崎秀悟

八月が来るたび胸に突き刺さるあの日の涙被爆者の叫び(岐阜県立吉城高1年)瀬川遥斗

白壁に黒い雨あと残る今生きてる我ら何考える(岐阜県関ケ原町立今須中3年)谷口紗弓

六枚の葉の大陸のごとユキノシタ花は語り部聴く我は蕾(岐阜県立吉城高1年)谷口爽和

あの焦げた白いワンピースの子供にはどんな夢があったのだろう(岐阜県高山市立丹生川中3年)玉田心愛

オラドゥール ヒロシマ ナガサキ 東グータ 眼は逸らさない歴史と現実(愛知県・金城学院高2年)中村桃子

持ち主を待つ物たちの資料館待てども二度と会うことはなし(静岡県藤枝東高1年)原川結華

いってきます軍服を着た我が息子だれかの息子を殺しに行く(静岡県藤枝東高1年)藤原菜摘

千羽づる未来の日本へメッセージ二度と苦しみ味わわぬように(岐阜県高山市国府中3年)二村伶奈

シベリアに眠る曽祖父夏風よ知らせてあげて私は元気(北海道・立命館慶祥中2年)松賀瞳直

アオギリがあの日の悲劇を物語る街が消えた八月六日(岐阜県関ケ原町立今須中3年)三和日那乃

被爆者の自分だけが助かったその悲しみと生きる苦しみ(岐阜県高山市国府中3年)山本麻美

なぜだろう苦しむ人がいる中で幸せに暮らす無関心な人(京都府南丹高3年)山本瑞葵

平和とは当たり前ではないのだと語ってくれた原爆ドーム岐阜県高山市立清見中3年)吉井智紀

被爆者のその思いを伝えたいそれを知らない今の子供へ(岡山市光南台中1年)吉竹栄作

     参議院6増公職選挙法の改定せいりつ!

    ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

未曽有とも思える災害地からは悲鳴しかありません。

この時期に先送りもなく決定とは?

 参議院の6増定数の公職選挙法改定とは?

これには特定枠まで設けられています。

この選挙法が確定したことで来年の参議院

選挙から適応されます。

それなのになぜ、数の原理でぼうそうしなければならないのか?

 総理は「国民のため」をいつも連呼されます。

これはひとえに自己保身のための代名詞でしかない!

 世論調査は言っています。

主権者の多くが議員の6増にはno回答しています。

  これからは、人口減少に歯止めがきかない時代にと

突入するといった現実把握は必須でもあります。

 これからはに議員性の議論まで浮上するかもしれない今でもあります。

 6増の議員の報酬は今の議員からお支払いいただくことが

かくていのかくごとしてもあるのでしょうか?

6増負担金は今の議員の給与削減から

ねん出されるべきです。

それくらい意味のない6増としか言えないということです。

 自民党の小泉新次郎議員は国会の改革案、それに

参議院の6増案にも反対論まで表明されながら

国会においてはしっかり議員の6増宇案に賛成票を投じておられました。

 これはわずかでも国会のあるべき姿が変わるのかと

期待もしましたがこれも残念でもありました。

参院定数6増の改正公職選挙法が成立 与党押し切る

https://www.asahi.com/articles/ASL7L51TRL7LUTFK00J.html

 阿部総理は債務超過は知らん顔

あとは野となれといった印象がぬぐえません。 

 この猛暑の中、災害ボラんてぁの方々の熱意に感謝しております。

 どうか今日が「ありがとう」がとびあうひでありますように・・・!

平和単価です。

平和への思い詠んだ「八月の歌」 入賞作55首 (7/18)

 平和への思いを詠んだ短歌コンクール「八月の歌」(朝日新聞社主催、岐阜県高山市共催、高山市教育委員会後援)の優秀賞10首と奨励賞45首が決まった。今年で10回目。一般の部に560首、中学・高校の部に807首の合わせて1367首の応募があった。フランスで平和活動に取り組む歌人、美帆シボさんが選考した。表彰式は8月11日に高山市で開かれる。

 入賞作は次の通り。(敬称略、50音順)

 ◇優秀賞

 【一般の部】

少年は幼弟(おさなおとと)の亡き骸(がら)を裸足で背負い火葬場(やきば)に立てり(岐阜県高山市)坂田壽美子

核の傘」閉じて光を求めよと吾にも迫るサーロー節子は(熊本市)田川清

ガザ地区に生まれガザにて生命(いのち)終う誕生の地を選べぬ赤子(京都府長岡京市)田原モト子

無言館に真向かふ如く屹立す兜太書・俳句弾圧不忘の碑(茨城県下妻市)為我井節

次世代に継がれ継がれて語り部の「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」は途絶えぬままに(横浜市)水谷亮介

 【中学・高校の部】

子供らの手を引き向かう原爆碑歴史のバトンを繫ぐ思いに(長崎県立長崎西高2年)石森聡子

銃を持ち得られる安心ではなくて銃の要らない安心世界へ(静岡県藤枝東高1年)岩本栞

語りべの思いをのせたてんびんは悲しみよりも願いにかたむく(岡山市光南台中2年)小笠原陽

沖縄でフェンスがちらつき目をそらし海を見つめる観光客は(神奈川県・桐蔭学園中2年)小林沙葉

カナカナカナ耳を澄ませば可亡可亡可亡と聞こえて来るよ八月の声(茨城県立結城第二高3年)柳崎舞花

 ◇奨励賞

 【一般の部】

語りべの言の葉一つ漏らさじとメモとる子らの明日安らかに(岐阜県高山市)足立達恵

訓令に逆らひてなお人としてユダヤ難民救ひし千畝は(埼玉県川越市)荒川恵子

餓死と言う戦死だったか伯父二人珊瑚のかけら骨代(こつしろ)として(岐阜県大垣市)井沢美志津

南北に分かれしままのわが祖国統一の日よ生きてあれかし(愛知県岡崎市)石川久人

生きるには戦車はいらぬトラクター平和の大地風切り進む(滋賀県東近江市)植田重隆

ヒロシマのあの日を語る男(ひと)は言ふ「私は胎内被爆者です」(岐阜県高山市)打保洋子

南洋に戦死せしてふ若人の遺作のピアノソナタ身に入む(岐阜県高山市)大下雅子

年ごとに減る遺族席老いゆけど忘れじと誓ふ八・一五を(岐阜県高山市)桐山吾朗

召され行く船上の父は挙手のまゝ遠く小さく見えずなりたり(愛知県一宮市)倉田美恵子

ベルリンに「躓きの石」があると言うナチスの過ち忘れぬための(大阪府柏原市)谷たか子

子らの手が造る山、川、家、線路砂場の世界に広がる平和(熊本市)中川弘子

戦争はなぜおこるのかと孫が問う「九条」守れの署名なしつつ(大阪府守口市)中山惟行

纏(まと)ひ付く摩文仁(まぶに)の泥に靴重し此の道を来し難民思ふ(岐阜県中津川市)西尾嘉浩

残された数秒の命吾児(あこ)胸に栓の抜かれた手榴弾手に(埼玉県狭山市)林清子

オリンピック報ずる紙面の片隅にシリアの子らの泣き叫ぶ顔(岐阜県高山市)和田操

 【中学・高校の部】

この地球平和にしていく物語一人一人がヒーローになろう(静岡県藤枝東高1年)新井美咲

広島がヒロシマになる八月の平和の祈り灯篭流し(札幌市立旭小5年)新家悠介

あやまちをおかして学んだはずなのに人はまだまだ平和つかめず(岐阜県高山市国府中3年)井口萠

原爆病院に被爆した骨焼けた皮膚未だに残る戦争の跡(岐阜県立吉城高1年)岩愛子

夏の日の苦しみ重く語られて僕は今日から何が出来るか(岐阜県高山市立清見中3年)尾崎八雲

今悩む短歌一首を考える平和につながる最初の一歩(岐阜県高山市立丹生川中3年)角野拓哉

花火見る祖母の記憶の彼方には火の粉降り掛る東京の空(千葉県・国府台女子学院高1年)門井愛美

プロペラの音に身構え七〇年記憶に残る戦争の音(岐阜県立飛驒神岡高1年)上ケ平渚

原爆で屍(しかばね)を打つ黒い雨今の日本は平和だろうか(岐阜県高山市立清見中3年)上坂朝陽

戦争で人は消耗品と化す使い捨てられいつかは滅ぶ(愛知県立刈谷北高1年)川端航平

葬るな日本の闇をあやまちを一回きりの命をかえせ(愛知県・愛知淑徳中2年)菅野ひま里

刻むのだ眼(まなこ)開いて曽祖父の眠る奄美の海の喪の色(愛知県・南山高1年)菅野ほの香

将来の夢を自由に決められる今の私は曽祖父と語りたい(岐阜県高山市立日枝中3年)小林藍子

命寄せ健気に咲きしひめゆりのあまりに重き中三の夏(北海道・立命館慶祥中2年)小林天音

核のない世界を永遠(とわ)に皆願う平成最後の夏の黙祷(北海道・立命館慶祥中2年)佐藤佳織

「風通し」一枚一枚丁寧に三十万の名前の重み(岐阜県高山市立朝日中3年)杉崎秀悟

八月が来るたび胸に突き刺さるあの日の涙被爆者の叫び(岐阜県立吉城高1年)瀬川遥斗

白壁に黒い雨あと残る今生きてる我ら何考える(岐阜県関ケ原町立今須中3年)谷口紗弓

六枚の葉の大陸のごとユキノシタ花は語り部聴く我は蕾(岐阜県立吉城高1年)谷口爽和

あの焦げた白いワンピースの子供にはどんな夢があったのだろう(岐阜県高山市立丹生川中3年)玉田心愛

オラドゥール ヒロシマ ナガサキ 東グータ 眼は逸らさない歴史と現実(愛知県・金城学院高2年)中村桃子

持ち主を待つ物たちの資料館待てども二度と会うことはなし(静岡県藤枝東高1年)原川結華

いってきます軍服を着た我が息子だれかの息子を殺しに行く(静岡県藤枝東高1年)藤原菜摘

千羽づる未来の日本へメッセージ二度と苦しみ味わわぬように(岐阜県高山市国府中3年)二村伶奈

シベリアに眠る曽祖父夏風よ知らせてあげて私は元気(北海道・立命館慶祥中2年)松賀瞳直

アオギリがあの日の悲劇を物語る街が消えた八月六日(岐阜県関ケ原町立今須中3年)三和日那乃

被爆者の自分だけが助かったその悲しみと生きる苦しみ(岐阜県高山市国府中3年)山本麻美

なぜだろう苦しむ人がいる中で幸せに暮らす無関心な人(京都府南丹高3年)山本瑞葵

平和とは当たり前ではないのだと語ってくれた原爆ドーム岐阜県高山市立清見中3年)吉井智紀

被爆者のその思いを伝えたいそれを知らない今の子供へ(岡山市光南台中1年)吉竹栄作

     運命は切り開くもの!

     ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

 誕生を選ぶことが出来ないように、親を選ぶことも叶いません。

これは大変ではありましょうが運命として切り開く以外にはありません。

 親の離婚、再婚と家庭が崩壊し

家族形態が気付けない子供もどれほど存在するか知れません

 わが姪の家族も貧しきながらも楽しい家族です。

 姪の子は、大学を、親の支出なく、それを恨むこともなく

月々、5万円の奨学金と自分のアルバイト料で

自立した生活を、送っております。

 これは陸上クラブで培った精神力の逞しさではないかと思っています。

 またこの時期、幼馴染の彼氏から

大学卒業後には、海外に行くので、一緒に行ってほしいと言われたそうですが

 看護士になってやりたいことが沢山ありすぎて

彼とは結婚も視野にあったけれど

自分の人生の先々を考えて別れを決断したのだと

日曜日にひょっこり訪ねてきてくれた。

 これも人生の選択し、別れのつらさを体験しながら

活路を見い出して欲しいと静かなるエールを送りました。

お母さんはこの結婚を楽しみにしていたので

少し、時間を 置いて話したいと原器に帰っていきました。

 人生は、いろんな紆余曲折の中、悲しみ、苦しみを体験しながら

人間としての味がいろいろな形で挫折を含め

ブレンドされるのだろうと思っています。

 人に対する社寺加減も人生の学びの一つでもあります。

     東洋経済より。

親の離婚、再婚、闘病、そして学費問題… 断絶した実父と、養育費で揺れる18歳の本音

親の離婚を経験した人たちが、子どもだった当時感じたことや、その後の親子関係につ

いて本音を語る。NPO法人ウィーズが昨年こんなイベントを企画し、私がある媒体で紹介

したところ、大きな反響がありました。そのなかにこんなメッセージがありました。

こちら

「私の両親は私が小学6年生のときに離婚しました。当時から高校3年となった現在も、

離婚後の親子関係、面会交流、子どもの気持ち等に強い関心があります。(中略)お話

を伺いたく連絡をさせていただきました」

高校生から連絡をもらったのは初めてです。こちらのほうこそぜひお話を聞いてみたい

。お返事を送り、東京駅の近くの喫茶店で会う約束をしたのでした。「おとなたちには

、わからない。」シリーズ、今回は親の離婚と再婚を経験した森村忠孝さん(仮名・18

歳)のお話です。?

「子どもの意思」の難しさ

忠孝さんは現在、東京近郊で母親とふたりで暮らしています。忠孝さんの母親は離婚後

まもなく、今から5年前、中学1年生のときに再婚しましたが、相手(継父)は現在、新潟

に単身赴任している状態です。

母親は長年重いうつ病を患い、家事はヘルパーさんや訪問看護師に支えられています。

母親が毎月通う都内の病院にも、彼が付き添っているのだそう。

そうした環境の中で、大学受験の勉強を続ける忠孝さん。でも、状況から想像するよう

な悲壮感はありません。かといって無理をしているわけでもない。年齢のわりには落ち

着いて見えますが、態度も口調も朗らかです。そんな忠孝さんでも、両親の離婚につい

ては、今でも思うところがたくさんあるようです。

「いかにも離婚前、といった雰囲気ではなくて、けんかしているところも見たことがな

かった。冷戦みたいな感じだったので、僕にとっては突然すぎました。だからまず混乱

しましたね。一方の親が(家から)いなくなってしまうわけだし、今後の見通しも立た

ない。だから親を説得したり、親せきの人を巻き込んで話をしたり、いろいろしたんで

すけれど、でも小学生の力ではどうしようもなかった」

12歳(当時)にしてはすごい行動力です。しかし、離婚は止められず。忠孝さんの親権

は、母親がもつことになりました。

当初の約束では、「最初の1年は父親が家を出て、母親と忠孝さんが一緒に暮らし、翌年

は母親が家を出て、父親と忠孝さんがともに暮らす」ことになっていました。1年目、父

親はすぐ近くに住んでいたのでしばらく会っていましたが、3、4カ月経った頃、忠孝さ

んと仲たがいしてしまいます。

「自分はピアノをやっていて、全国でも何度か入賞しています。けっこう本格的にやっ

ているのですが、父親とはピアノに対する考え方や、学費のことでもめたり、なんだか

んだあって会えなくなって。

そんななか、父親が、母親がもっていた僕の親権を自分(父親)に移す、親権変更の調

停を起こしたんです。一般的にはこうした場合、面会交流の調停から始まるので、僕と

しては驚きました」

実際のところ、忠孝さんと父親がもめたというより、母親と父親の間で考えの相違があ

った、ということかもしれません。このとき忠孝さんは、調査官と話をしたり、調停委

員に自分の考えを文章にまとめて送ったりしたそう。

「母親と暮らしていきたい、親権を母親に、みたいなことを伝えました。離婚直後、小

学校の卒業式や中学校の入学式のときも、父親からは特に連絡もなかったんです。そう

した状況でいきなり親権変更と言われても、それはちょっと……と。

今振り返ると、それで本当によかったのかな、というところはあります。当時は同居す

る母親の影響を強く受けていた気もしますし。

子どもの意思を尊重するのは大切だと思いますが、なにしろ小学生ですから。長期的な

視野で見たり、客観的に判断したりする力を考えると、必ずしも子どもの意思を尊重し

て、親権や面会交流を決めることがいいとも限らないのかな、と思ったりもします」

調査官と話したのは1回だけ

とても難しい問題です。子どもの判断には、やはり不十分な部分があります。だからと

いって、「意思を尊重しなくていい」としてしまえば、今度は大人の都合だけで話が進

められてしまう。できるかぎり、客観的な大人の目が必要なところでしょう。

「調査官の人には、父親をどう思っているかとか、母親との現在の暮らしがどうかなど

を聞かれたと思います。でも調査官と話したのは1回だけですし、今の制度でどこまで子

どもの本心、心情に迫れるものか??疑問もあります」

この調停は結局、父親が取り下げて終わりました。以来5、6年ほど、父親とは連絡が途

絶えているのだそう。

中学1年のときには、母親が現在の父親(継父)と再婚します。その後、継父の転勤で中

1の途中からは東京の近辺で、高校からは新潟で暮らすことに。今では父親が単身赴任の

状態ですが、当時は「また離婚になりかねない」という母親の不安から、一緒に暮らす

ことを選んだのでした。

「途中からの転校はつらいですね。高校に入るときは、みんな知らない者同士だからよ

かったけれど、中学の途中で転校したときはなかなか入りにくくて、けっこうきつかっ

たです」

さらに、新潟に移って間もなく母親のがんが見つかります。治療の都合上、母親は急き

ょ、都内にマンションを借りて暮らすことに。忠孝さんは継父と新潟で暮らしつつ、週

に1度は新幹線で東京に通う生活を送りました。

当時、継父は仕事で毎日帰りが遅く、土日も出勤していたため、忠孝さんは「ほぼひと

り暮らしの状態」でした。「気楽だった」と言いますが、本当はもちろん、寂しさや不

安もあったでしょう。

その後、忠孝さんは大学進学のことも考え再び上京しました。高2からは母親とともに暮

らしており、新潟に残った継父が単身赴任の状態です。

「(公立)高校の転校は、ほとんど選べないんです。教育委員会が3校くらい選択肢を出

してくれるのですが、転校前の学校より偏差値的にものすごく下がる。それでも東京都

よりは今の県のほうが比較的ましだったので、ここに引っ越してきました。私立に転入

するなら、そんなにレベルは下がらなかったと思いますが、大学で私立に行く可能性を

考えると、経済的にそこまではかなわない状況でした」

忠孝さんはこの春、私立の難関大学に入学しています(取材は2017年7月)。どんな環境

でも勉強する力がある忠孝さんだったからそれは可能でしたが、 いわゆる“ふつう”の

人なら進学をあきらめる状況だったかもしれません。

進学費用をめぐる継父への遠慮

忠孝さんが離婚家庭の子どもの問題を考えるようになったのは、自身の経験もあります

が、実子と会えなくなった継父の様子を間近に見てきた影響もあるようです。

「再婚した父(継父)は、前の奥さんとの間の子どもに会えていないんです。子どもが2

歳のときから、ずっと。本当かどうかわかりませんが、再婚した父の元奥さんは、子ど

もに対して『お父さんはいない、だから会いに来られると混乱する』と言っているらし

いんです。

さすがに『いないことにする』のはどうなのかな、と。その子は父親の記憶もないし、

顔もわからない。それじゃ、会う・会わないの選択肢すら、子どもにはないわけじゃな

いですか。それが成立しちゃうのは、いかがなものかなとは思います」

継父は面会交流を求めて調停を起こしたものの、「相手にうまく取り下げる方向にもっ

ていかれ」、子どもが10歳になる今も、会えていないのだそう。

忠孝さんは継父に頼まれて、その子の様子を見に行くことがあります。継父の実子は、

地元で子どもの劇団に入っているので、忠孝さんが公演を観に行き、動画を撮ってきて

あげるのです。

なんと優しい継息子か。高校生男子としては、ちょっと出来すぎた行動にも思えます。

「電車で1時間くらいですが、行けない距離ではないので。会えていないのはかわいそう

、という同情もありますし、それにやっぱり(継父と自分は)実の親子とはまた違うの

で……」

よくよく話を聞くと、忠孝さんは継父に対して、だいぶ気を遣っているようです。

「すごくストレートに言えば、おカネを出してもらっているので、機嫌を損ねるわけに

いかないんですよ。特にこれから大学に行くとなると。(継父は)僕には直接言わない

ですが、お母さんにはいろいろ言うこともあるらしくて」

離婚家庭の子どもが、おカネの問題から大学進学をあきらめるケースは多くありますが

、実は再婚家庭でも、子どもたちはしばしば進学について悩んでいます。

費用を出す立場になることが多い継父自身、実子ではない子どものために多額のおカネ

を拠出することに割り切れない思いを抱えていることもありますし、それを察して実母

も遠慮がちになる。そんなケースも少なくありません。

子ども自身が動かなくてはいけない状況

私が以前取材した大学生は、進学費用について悩んだ末、自分で実父に養育費の値上げ

交渉をしたと話していました。忠孝さんも、養育費を値上げしてほしいと思っているの

ですが、実父にそれを伝えるのには逡巡があるようです。

「母親は直接話したくないらしく、代理人(弁護士)を通すことになると思うんですが

、そうすると弁護士への報酬も発生する。それに公正証書で取り決めた額があるので、

(増額は)断られたら終わりなんです。

今後(僕が)会うかどうか……。向こうからは連絡がないので、どうしていくかな、と

いうところです」

最近は、同居親ではなく子ども本人が、養育費について支援機関に相談するケースも多

いと聞きます。現在の制度が養育費の確保という経済的な子どもの権利を守れていない

から、子ども自身が動かなくてはいけない状況を、ひとりの大人として申し訳なく感じ

ます。

「離婚しないでくれたらよかった、というのは思います。離婚がなければ、その後いろ

いろ大変なことに悩まされることはなかったので」

私も離婚したひとりの親の立場として、しっかりと受け止めたい言葉でした。

会いたいかどうかがわからない理由

養育費のことを抜きに考えたとき、実父に会いたいという気持ちはある??そう尋ねると

、「よくわからない」と、忠孝さんは答えます。

「『会いたいかどうか』って、本当に、よくわからないんですよ。小中学生だと、もっ

とわからないんじゃないかと思う。会うとなったとして、父親のほうがどう思うかもわ

からない。会わなくなって5年も経つので、さすがに(実父も)変わっていると思うし。

継父のところのように同居親の意向で会えないケースもあるけれど、うちみたいに『1回

会わなくなってしまって、それからなんとなく、そのまま会わない』というケースも、

実はけっこうある気がします。『虐待があった』とかならともかく、『絶対会いたくな

い明確な理由がある子』って、意外と少ないんじゃないかなって」

会いたいかどうか、よくわからない。そういった子どもが意外と多いことは、私も感じ

てきました。

子どもと離れて暮らす別居親のほうは、子どもや元配偶者の新生活への遠慮などもあり

、積極的に「会いたい」と言ってこないのかもしれません。でも、子どもたちはうっす

らと傷つきつつ、その感情を封印してしまう。それで「わからない」という感覚になる

のではないか。私自身の子どもと元夫の関係を見ていても、そう思ったことがありまし

た。

「向こう(実父)の親、おじいちゃんおばあちゃんにも会っていないのですが、祖父母

はもう80代後半。父親のことはゆっくり考えていいかなと思うんですけれど、祖父母の

ほうは先にと思います。ときどき手紙も来ているので」

それは、なるべく早く会いに行ってあげなよ……。私が口を出すことではないのですが

、つい言わずにはいられませんでした。祖父母にだって孫に会う権利はあるでしょう。

忠孝さんがいやでないのなら、会ってあげてほしくなります。

そして、5年間会っていない息子のために毎月黙々と養育費を払い続ける父親の思いと、

何も連絡をしてこない父親に対する息子の複雑な思い。いつか、交錯するときは来るの

でしょうか。

こちらのフォーム

    自民党のための国会??

     ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

 阿部総理は数の力を背景に房総の

ハンドルにはブレーキはない。

 人口が少なくなり、債務は増えるだけ増える中での

議員定数を増やすことには、主権者虫の

自民党のための改正としか理解しがたい。

 これでは国会等機能しているとはとても思えず

阿部総理のための国会運営が堂々とまかり通る現実の受け止め方は

どうなんだろうと思います。

     東洋経済より。

自民党の利益を守るためだけの「改革」だ 参議院「定数6増」はいくらなんでも酷すぎる

国民の負担軽減よりも、自分たち国会議員身分保障を優先しようというのだろうかーー。

参議院の定数を6増とする法案が7月17日に衆議院で可決・成立する予定だ。すでに自民党が発案した同法案は参議院で先議され、7月11日に立憲民主党ら野党が退席する中で可決している。

この選挙制度改正案は、議員1人当たりの有権者数が最も多い埼玉県選挙区の定数を2議席比例区を4議席増やすとともに、比例区の中に拘束名簿式を一部導入する「特別枠」を作って政党が事前に定めた順位に従って当選者を決めるというもの。「特別枠」を作ったのは、2016年の参議院選挙から導入された合区で立候補できなくなった候補に対する配慮のためだ。

しかしながらこの改革案、民主主義の観点からも疑問が残る。

最高裁の判断とは無関係の「改革」

というのも、2015年8月に改正された公職選挙法付則第7条で「平成31年に行われる参議院議員通常選挙に向けて、参議院の在り方を踏まえて、選挙区間における議員1人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、必ず結論を得るものとする」と明記されているものの、今回の改革は“最高裁違憲の判断によりやむを得ず行う”というものではないからだ。

2016年の参議院選挙の「1票の格差」は最大3.08だったが、最高裁は2017年9月27日に「違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態とはいえない」として「憲法に違反するに至ったということはできない」と判断した。さらにいえば、合区によって損なわれた“自民党の利益”を守るためという目的も、国民が納得するものではない。

2016年の参議院選挙で高知県選挙区から出馬予定だった中西哲氏は39万951票を獲得して比例区4位と上位で当選。その一方で鳥取県選挙区から出馬するはずだった竹内功氏は8万7422票しか取れず、次点に泣いた。

中西氏には徳島県出身の中西祐介氏が所属する麻生派が全面支援したが、島根県出身の青木一彦氏を鳥取県連が全面的に応援したにもかかわらず、額賀派(当時)の竹内氏に対する協力は少なかったからとされている。

この結果によって、鳥取県自民党は不公平感を抱いたに違いない。だがそれは党内で解消すべき問題である。そのために制度自体をいじる必要があるのだろうか。そもそも憲法第43条は「国会議員は全国民の代表」と規定しており、地方の利害関係の代表としていない。

すでに地元の声は衆議院で国政に反映されており、同じような観点での代表制であるなら、参議院の存在価値を見出すのは難しい。

地域代表なのであれば憲法改正が必要

もっともアメリカの上院のように、人口比例とは無関係に州単位に代表を出すとするには、憲法を改正しなければならない。憲法をいじらずに1票の格差を縮め、かつすべての県から代表を出そうとするのなら、定数を一定とする限りは選挙区選出議席を増やす分、比例区選出の議員数を減らすしかないだろう。だがそうするには、比例区選出の議員や少数政党からの抵抗が大きすぎる。比例区もまた「特権」となっているからだ。

そこで出てきたのが今回の定数6増の自民党案。合区で減った4議席分を比例区に足しており、比例区の議員の既得権を損ねていない。

野党は当然賛成しなかった。とりわけ強く反対したのが、参議院廃止論を主張する日本維新の会だ。

同党は参議院政治倫理・選挙制度改革特別委員会(倫選特)の議事運営を不満として、単独で石井浩郎委員長の問責決議案を提出した。同決議案は与党によって本会議の上程を阻止されたが、法案の10日の採決は見送られた。

参議院野党第一党の国民民主党立憲民主党とともに、石井委員長の解任動議を委員会に提出したが否決された。ここで注目すべきは、野党の足並みが一致していない点だ。維新の問責決議案が本会議に上程されなかったのは、国民民主党が賛成しなかったからとされている。

それはまるで、民進党が持っていたIR法案を管轄する内閣委員会委員長を自民党に奪われた時と同じ構造だ。

「(いまの選挙制度は)合憲なのだから、急ぐことはない。参議院選挙は2回で1回なのだから、その間に抜本改革をすべきだ」

7月9日に開かれた倫選特で脇雅史自民党参議院幹事長は、かつての古巣に苦言を呈した。脇氏は参議院選挙制度協議会座長を務め、10選挙区を5合区にすることで格差を1.83にする私案をまとめた。

「一般の人に考えさせたら、自民党のような案が出てくるはずがない。選挙制度は国民のためにあるのであって、自民党のためではない」

なるほど、自民党が合区対象区からの候補を比例区の「特別枠」に入れた場合、彼らは必ず当選する。だがこれらの区の議席は、必ず自民党が獲得してきたとは限らない。たとえば鳥取選挙区だが、1995年の参議院選では自民党推薦の小野ヤスシ氏が出馬したが無所属の常田享詳氏が当選し、2007年には民主党川上義博氏が当選している。また同時に野党の「特別枠」で合区対象区の候補が当選した場合も当選する。こうして合区は事実上、代表者を2名出すことになってしまいかねない。

この時期になぜ国会議員を6人増やすのか

「自然災害でお金がこれからもいるのに、なぜ国会議員を6人増やして(1人当たり)年間1億円の経費を渡すのか。腹が立って仕方がない。人口が減っているんだから増やす必要はない。自分たちの党利党略じゃないか」

おおさか維新の会の松井一郎大阪府知事が7月10日の会見で記者団に話した内容が、今回の参議院選挙制度改革案について国民の感じ取る素直な印象だろう。自民党岡田直樹参議院議員は6議席増員で行政の強化を図る一方で、国民に新たな負担がないようにすると述べたが、そもそもそうした行政改革は増員がなくても実行すべきことだ。

2000年に、名簿上位に掲載されるために大手マンション販売会社から巨額の献金を受け取り、それを幽霊党員の党費として上納していた久世公堯議員の事件があった。この事件は、参議院比例選挙において非拘束名簿式が導入される契機になった。今回、拘束名簿式を導入する「特別枠」は増員の4議席に限定されるとは限らず、事実上の拘束名簿式の復活となってしまいかねない。

「理性の府」は死んでしまったのだろうか。