高年齢出産者にはぜひ受けてほしい「出産全診断」

      

   ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

 最近では結婚年齢も上がったことも、高年齢出産の原因の

多くの要素ともなっているのでは…。

やはり高年齢出産はきおつけて生まれる命にも考慮が欲しいものです。

 「おギャー」と生まれて歓迎されない命は

それは双方がいばらのみちなのではないだろうか? 出産全診断で異常が認められれば

9割の人は生まない決断をされています。

命を自らの決断で封じ込めることとなります。

 この決断には、夫婦の話し合い。

ダウン症、13,18トリソミーとは似ついて

しっかり受け入れるための知識を持ってほしい。

 親の愛を受け入れられない子供は不幸です。

 診断全診断の料金も、今では20万から、今では

アメリカにおいては5万円くらいにまで下がってきています。

 どのような命であっても平等に誕生の権利があると

言われる人もあるだろう。

 だがどうだろう?

 みこちゃんは思う…。

果たして、染色体異常でこの世に生を受け他子供が

本当に幸せ感を享受できるのであろうか…?

きれいごとだけでは語れない問題も多くあることだろう?

 障碍者が誕生したことで別れる夫婦もある

家族が障碍者の誕生により差別をこうむることも沢山あるのが現実

 ダウン症を抱えた兄弟が親亡き後の責任問題で苦しみ

放棄したい人も多く存在していることも事実です。

 この問題については[nhk]においても取り上げられていました。

 親亡き後、遠くの施設に入所させられた例も多くあります。

 かつてのケネディ大統領の子供も染色体異常だったが

家から出すことはなかったといわれています。

 被爆者、公害障碍者もどれほど差別にさらされてきたことか

 らい病患者は、伝染病ではないといわれても

いまだ家族のもとに変えられない現実も立ちはだかっています。

 社会の視線は、障碍者は「人間未満」と受け止められている

実態の社会現象の中で暮らすことには

いばらの道の中から木漏れ日のような理解者

木漏れ日のような幸せ感を見出すことさえ大変です。

 このような社会実態を受け入れなお、子供のよき理解者として

傍らにあり続けていられる人のもとに

誕生してほしいと節に願う…。

香川県高松市に住む伸さん(41)、優香さん(41)夫妻には、2人の息子がいる。長男の

篤也君(7)、二男の奏佑君(4)。奏佑君にダウン症の疑いがあると分かったのは、妊

娠11週の妊婦健診の時だったという。超音波検査の結果、医師は「首の後ろ側にむくみ

がある」と告げた。

胎児だった奏佑君の超音波検査の画像。首の後ろ側がむくんでいる(写真:射場伸さん

・優香さん夫妻提供)

ダウン症は染色体異常の一つだ。           21番目の染色体が通常の2本で

はなく、3本存在することで起きる。筋肉の緊張度が低く、多くの場合、知的な発達に遅

れがある。

優香さんは超音波検査の1カ月後、さらに詳しく調べるため、出生前診断の一つ「羊水検

査」を受けることにした。そしてダウン症が確定する。出産に迷いはなかったのだろう

か。夫の伸さんは振り返る。

ダウン症であれ何であれ、僕と嫁の子ども。『ダウン症だからうちの子じゃない』な

んて全く思わなかった。元気に生まれてくるんだったら、生まれてきてほしいし。ただ

(育児で)大変になるのは嫁。『産んでもらってええか』という話はしましたね」

優香さんはこう言う。

「おろせって言われたら、そういう人とは(夫妻を)やっていきたくないと思ってたん

ですよ。(夫は出産に)すごく前向きだったので、『ちゃんと助けてね』って。話は5分

くらいで終わりました」

わが子について語る射場伸さん=上、優香さん=下(撮影:得能英司)

「分からないこと」の怖さ

出生前診断に関連し、優香さんは知ることの大切さ、知らないことの怖さを感じたとい

う。

「11週から『異常、異常』って言われて。4週間もそういう生活をしていると、とにかく

原因を知りたくなる。私、知らないことが嫌なんです」。心疾患があるかもしれないと

いった「かも」に耐え難かった。

ダウン症と確定すると、優香さんは以前にも増してスマホでの検索に没頭した。SNSやブ

ログで同じ境遇の母親らを見つけると、連絡を取り合った。メッセージを送った相手は1

00人ほどにもなる。知らないと対応の方法も分からない、その方がつらい、と思ったか

らだ。そして、ダウン症などの子どもに対しては、医療や教育、生活などの面でそれな

りの支援制度があることも知る。

カメラに向かって、おどける奏佑君(撮影:得能英司)

夫の伸さんは「人それぞれとは思うんですけど」と前置きし、続けた。

「生まれた後で分かったら精神的にショックだと思います。出生前診断で、もしダウン

症と分かったら、いろいろ調べたり準備したりの期間がプラスになる。(対応が)1日早

ければ、子どもにとっては10日分、1カ月分になることもあると思います」

「産んですごいね」の言葉に違和感

出産の時、病院側は万全の態勢を整えてくれた。優香さんが振り返る。

「生まれてすぐ亡くなっちゃうかもしれない、産声を出さないかもしれない、と言われ

ていたので、(生まれてすぐ)泣いたのはうれしかった。生まれてからが勝負なので、

気合いは入っていました。やることはいっぱいあるんで。よしやるぞ、みたいな」

兄の篤也君(右)と奏佑君。兄はとても面倒見がいいという(撮影:得能英司)

その間、周囲の目に違和感を抱いたこともあった。その一つが「すごいね」という声に

対してだった。

「健常な子を産んで言われるなら何も思わなかったんですけど、『産んですごいね』っ

て、何がすごいのか分からなかった。『普通はおろすよね』っていうのが行間にあると

思いました」

ただ、自分にも問題があったのではないか、と今の優香さんは思っている。

「障がい児だと思われないようにとか、障がい児なりにきちっと(育てたい)みたいな

。私が一番、奏佑のダウン症を意識していました。(周囲の声を)受け取る側の問題だ

と思うんですよね。とにかく差別されるのが嫌だった。(弟のせいで)お兄ちゃんがい

じめられたらどうしようとか。今はほんとに、何を言われても褒め言葉に聞こえる。だ

から私が一番、差別の目がなくなったんだと思います」

「子育ては楽しい」と語る夫妻(撮影:得能英司)

出生前診断とは

東京都中央区在住の松原未知さん(47)は「出生前診断によって胎児に関するさまざま

な情報が得られ、できる限り安全な出産をすることにつながります。どんな子でも受け

入れるから出生前診断は受けないという考え方があります。しかし、障がいのある子ど

もを受け入れるなら、障がいがあることを出生前診断で知ることで、リスク管理をしな

がら準備を整えて迎えることができるはずです」と言う。

42歳で産んだ佑哉君(4)はダウン症だ。2年半に及ぶ不妊治療、3回の流産を経験したこ

ともあり、13週の胎児ドックで異常の可能性を指摘されたので、さらに羊水検査を受け

た。

「3回流産しているので、心の準備をしておきたかった。ある日突然心臓が止まって(流

産した)っていうのはショックが大きいので。出生前診断を受けることでその子を迎え

るための環境を整えることができると思うのです」

未知さんと息子の佑哉君(撮影:オルタスジャパン)

では、出生前診断とはどのようなものだろうか。

この診断には、採血検査や超音波検査、羊水検査などがある。胎児の病気や形態異常、

染色体異常などを調べる目的だ。妊娠何週目かや、何を調べるかによって検査は異なり

、費用は数万?20万円ほど。採血や超音波はダウン症などの可能性を評価する検査であり

、診断は確定できない。

射場優香さんが受けた羊水検査は、その次のステップだ。羊水検査は妊婦のお腹に注射

器を刺し、胎児由来の細胞を採取する仕組みで、専門家によると正診率は99%以上。た

だ針を刺すため、300人に1人の割合で流産の可能性がある、とされている。

羊水検査で使用される針(撮影:得能英司)

「無侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)」という方法もある。日本国内では最も新しい

手法で、高齢妊娠者(多くの病院で35歳以上)といった条件を満たせば受検できる。20c

cの採血によってダウン症などの陽性・陰性を判定。陽性の場合、確定診断を得るには羊

水検査などに進む必要があるが、NIPT自体には流産のリスクもなく、精度も高いとされ

る。

NIPTを導入している病院の医師らでつくる「NIPTコンソーシアム」によると、2013年4月

の実施開始から今年3月までに、約4万5千人がこの検査を受けた。「陽性」803人(1.8%

)のうち675人が確定検査に進み、最終的な陽性確定は605人だった。

そして、陽性確定者の93.7%、実数で567人が人工妊娠中絶を選択したという。

NIPTの結果報告書(見本)。「陰性」「陽性」で判定される(撮影:得能英司)

「9割が中絶」 間違って捉えないで

陽性が確定した妊婦のおよそ9割が中絶を選んだ――。このデータをどう考えればいいの

か。NIPTコンソーシアムの中心メンバーで兵庫医科大学産科婦人科の澤井英明教授は、

こう語る。

「注意すべき点は、NIPTを経て羊水検査を受けた方が全体の妊婦さんの一部だというこ

とです。『赤ちゃんに病気があっても出産しよう』という方たちもおられる。そもそもN

IPTを受けない方々もいて、そういう方はこの数字には入ってこない。『子どもが病気だ

ったら全妊婦の9割が出産を諦めている』という捉え方は違います」

兵庫医科大学の澤井英明教授(撮影:得能英司)

出生前診断がもう抑制できる段階じゃない理由 -

この春、 医師や看護師、日本ダウン症協会や全国心臓病の子どもを守る会で活動する母

親、ライター、ファイナンシャルプランナーなどをメンバーとするNPO法人「親子の未来

を支える会」が、「胎児ホットライン」開設を目指して説明会を開いた。

こちら

            「胎児ホットライン」は超音波検査、染色体異常の検査など

で妊娠中の赤ちゃんに先天性疾患が見つかった人が、病気や生まれてきたときの暮らし

について正しく知り、多様なバックグラウンドを持つ第三者たちとネット上のチャット

でかかわりながら、自分なりの道を歩む過程をサポートする。現段階ではボランティア

・ベースの自主的な活動で、妊娠を継続することを選んだ人も、産むことを断念する人

もともに中立的な立場からの支援を目指す。

ポイントは「治療」という視点

このような、検査を受ける人を支援する市民活動は、国内でほかに類をみない。会が出

生前診断を大事にしている理由は何なのか??ポイントは「治療」という視点だ。

会の代表理事を務めるのは、東京大学理学部と千葉大学医学部で学んだ後、中国・イギ

リス・スペイン・ベルギー・アメリカなど世界各地で「胎児医療」を学んで帰国したば

かりの産婦人科医・林伸彦さんだ。胎児医療とは、胎児を医療の対象としてとらえ、可

能な胎児治療があれば親に十分な情報を提供したうえで実施する先進的な医療のことだ

。日本ではまだ治療できる病気が少ないが、林さんが学んだ国では、胎児期に脊髄や脊

椎の癒合不全を生じた「二分脊椎」の手術など、日本にはない胎児手術もあった。

林さんは、まだ30代前半の若い医師であり、これからの医師人生のどこかできっと胎児

医療は開花するだろう。産科医療に携われば、絶えず直面するのが、お腹の中で亡くな

ってしまったり、治療をしても重い障害が残るとわかる状態で生まれてきたりするケー

スだ。おなかの中で症状が進行する前に、診断をして、治療ができたら、その子の命を

救ったり、障害をより軽くしたりできるかもしれない。

出生前診断の是非を問う議論とは別に、検査によって救われる命がある、という事実

があります。それならば、検査が悪いと言うのではなく、どうしたら正しい形で検査が

できるのかを考えるという方向に行くべきではありませんか?」

林さんが、そんな思いを、住んでいた隣人交流型賃貸マンションの居住者交流会で隣人

たちに語ったのは2013年のことだ。これを聞いて、今、会の副理事長を務めるシステム

エンジニアの佐野仁啓さんが「ネット上に、胎児疾患を告知された人とその病気のある

子を育てている親とのマッチング・システムを構築してはどうか」と協力を申し出たの

が、活動の始まりだった。当時は結婚もしていなかったのに佐野さんがそう言い出した

のは「他人事ではない」と思ったからだという。

「僕もいつか子どもを持つかもしれない」

「僕もいつか子どもを持つかもしれない。そのとき、検査について相談できる人もいな

いし正しい情報も得られないとしたら不安じゃないですか」

会は現在、クラウドファンディングなどで資金をつのり、イギリスのチャリティ団体で

出生前診断により病気を告知された人専門の相談機関「ARC(出生前の結果と選択)」が

出している冊子の日本語版を出すことにも取り組んでいる。

筆者には、この活動は、これから子どもを産み、近未来社会を生きていく世代が、国や

既存の組織が変わるのを待ちきれず自ら動き出し、自分たちに必要なものを作り始めた

ように見えた。

イギリスでは、出生前診断は情報の提供、受けるかどうかの意思決定と希望した人への

検査の実施、病気があった場合の相談窓口など一連のサービスが国の母子保健行政の一

環として、もしくはそれと連携して行われている。

翻って日本は、旧・優生保護法をめぐる訴訟に象徴されるように、戦後の優生政策がま

清算されておらず、中絶につながりうる出生前診断アンタッチャブルな領域である

母体保護法にも人工妊娠中絶の条件に、「胎児に異常があったから」という理由はど

こにもない。胎児を調べる術が「心音の聴取」やお腹の上からの「触診」くらいしかな

かった時代のまま、時を止めている状態だ。

一方、実際の現場では各種検査が事実上、自由に行われている。日本産科婦人科学会

はじめとする関連学会は出生前診断実施にあたっての条件を決めているものの、そこに

法的効力はない。

学術団体による規制が非力なことがまざまざと示されたのは、血液検査だけでダウン症

などを検出する「新型出生前検査」の非認可施設問題だ。安全で、かつ精度が高い、こ

の新しい検査の注目度は非常に高かったため、まずは臨床研究として開始されることに

なった。そして厳しい基準を満たした施設のみが臨床試験に参加し、検査を行えるもの

とした。

意に介さない非認可施設が多数できた

ところが、結果的には、認定制度の存在など意に介さない非認可施設が多数できてしま

った。現在、新型出生前検査の約半数はそうした施設で行われていると推測されている

。これらの多くは、ネットで予約し、1回行って採血をすれば結果が郵送されるだけで相

談の体制はない。

各学会も、現状でよいと思っているわけではない。今春、日本産科婦人科学会は、新型

出生前診断の実施施設認定基準を緩和し、実施施設を増やすことで、非認可施設に流れ

る人を減らす新指針案を公開した。新案では、認定施設を「基幹施設」と「連携施設」

にレベル分けして、連携施設は、今までいることが必須とされていた臨床遺伝専門医の

存在を「原則とする」という表現にし、一定の研修を受けた産婦人科がいて、基幹施設

と連携が取れていれば認めるとした。

これに対して、遺伝の専門家や小児科医、出生前診断の拡大を警戒する団体は異を唱え

る声明を次々に発表し、マスコミも警戒ムードだが、現場では、すでに新型出生前診断

は、市場原理により、抑制できる段階ではないという声も高い。

2013年、新型出生前診断の検査を臨床研究として日本で開始した「NIPTコンソーシアム

」のスターティングメンバーの一人・佐村修さん(東京慈恵会医科大学産婦人科准教授

)は5年前の検査開始当時をふり返って言う。

「その当時、私たちは検査がやがて広がることは避けられないと思っていました。ただ

、あのときは、検査会社がまだ1社しかなかったので、私たちとその会社の間で日本医学

会の『母体血を用いた出生前遺伝学的検査』施設認定・登録部会が認定する施設からし

か検査を受託しないということができたのです。ところが、今はもう、世界中で何十社

という検査会社が新型出生前検査をやっています」

そうした企業が次々に日本にやってきて、採血をしてくれるクリニックを見つけては営

業活動を展開しているという。対象は、出生前診断のルールを定める日本産科婦人科学

会には所属していない内科医、皮膚科医、小児科医、精神科医、形成外科医などが主だ

「それでも、始めてから数年は限定的に行われると予想したので、その間に、検査を受

けた人の結果や感想を分析し、それをふまえて、数年以内に日本産科婦人科学会が認定

基準を見直す予定と聞いていました。ところが、臨床研究の成果が報告集にまとまった

あともなかなか指針を見直すことができず、2016年あたりから非認可施設での検査が大

変な数になっていきました」

そして佐村さんは、今後は、検査が拡大する、もっと大きな局面がやってくるという。

「価格が大幅に下がる」

「価格が、大幅に下がると予測されます。初期の新型出生前診断は、解析の前に使う試

薬が、開発した会社に特許料を払わなければならなかった。今はそれを使わない方法が

できて、各社値下げの競争をしています」

新型出生前診断は、今、日本では20万円前後だが、海外ではすでに5万円を切る検査も出

てきたという。そうなれば、利潤追求のために新型出生前診断をやっていた非認可施設

はこの検査をやめてしまい、出生前診断産婦人科医が中心となって行う本来の形にな

る可能性が高いと佐村さんは考えている。

世界はこんなふうに大変な速度で動いていく。では、NIPTコンソーシアムの臨床研究や

、今はむなしくなった実施施設の規制とは、いったい何だったのか??結局、私たちに何

を残したのか??そう聞くと、佐村医師は一瞬考えてから、こう言った。

「それは、みんなが考える時間になったということでしょう。出生前診断が、社会の中

で、語れるものになった。賛成の人もいて、反対の人もいることが、みんなわかりまし

た。そして、ダウン症候群や18トリソミー、13トリソミーについてもどんな病気なのか

知らないまま怖いと思っていた人も、知って気持ちが変わることもあるとわかりました

。検査は隠したり、受けにくくしたりしなくても、妊婦さんが知ったうえでチョイスす

ることができるものなんだということが、道半ばではありますが、だんだんわかってき

たのではないでしょうか」

同じくNIPTコンソーシアムを創設した医師の1人である関沢明彦さん(昭和大学医学部産

婦人科学講座教授)も、佐村さんとまったく同様で、この5年間は、技術革新が本格化す

る時代への「助走」として意義があったと思う、と言った。

「NIPTコンソーシアムは、この5年半で約6万5000人の方に新型出生前診断を提供してき

ましたが、何件の検査を行ってその転帰(病気が経過してほかの状態になること)が、

どうなったかを定期的に記者会見で明らかにしてきました。それによって、たくさんの

人に、この事実について考えてもらう機会が提供できたと思います」

検査開始の初年度は、ダウン症候群の判明後に妊娠継続を決めた人が1人しか出なかった

ので多くの人が衝撃を感じたことが印象に強く残っている。しかし、この数字は次第に

増え、5年間で見ると、10人に1人程度の割合となった。

初めてガラス張りにされた出生前診断

そして、そもそも新型出生前検査を受ける人自体が全体から見るとごくわずかだという

こともよく理解されるようになり、女性たちの選択はそれぞれだということが知られて

いった。いずれにせよ、新型出生前診断は、初めてガラス張りにされた出生前診断だっ

た。

検査前後の説明の大切さが強調されたり、検査前の解説資料が関沢さんたち医師によっ

て整備されたりしたのも新型出生前診断の特徴である。

「この5年間に、新型出生前診断は、『ちゃんと親子が理解し納得して受けるのであれば

容認される』という理解が社会の中で得られたのではないでしょうか。個人的には、そ

う思っているのですが」

出生前診断は進歩を止めることはなく、まもなく、もっと身近なものになるだろう。新

出生前診断が始まったときに作られた堤防は砂の堤防にすぎず、すぐ壊れてしまった

。でも、砂の堤防を作って、それが波に流れていく間に一歩を踏み出すことができたの

なら、それ自体とても有意義だった。

これから産み育てる世代を大切にしたい。彼らのために、今、道を開いていってほしい

と思う。

赤ちゃんに病気がわかったら? 出生前診断、悩み寄せて

http://www.asahi.com/articles/ASM4863FJM48UTFL00M.html

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一皿100円の回転ずし経営はいかに…?

     ご機嫌いかがでしょうか。 視界ゼロのみこばあちゃんです。

  統治は予報より早い7時ごろから

雨となり植木たちが喜んでいることでしょう♪

 近所まで深夜猪が出没し ジャガイモ、野菜苗を

軒並みなぎ倒し菜園所有者に打撃の一撃に

身も心もなえそうです。

 ミ子ちゃんも今朝、ちっちゃな実を着けたジャガイモを抜き取り

何ともやるせない気持ちになっています。

     庶民の味方回転寿司…。

誰だって一度は訪れたはず。

 回転ずし100円にも変革の時代の波が押し寄せています。

それは人件費とグザイの高騰に頭打ち減少が経営を

圧迫している事情もあるはず。

 寿司労は年中無休を売りとしていた経営戦略を

働き方改革から]ら、休日経営にとシフトしています。

 令和は、スマートなライフスタイルと、企業の統合が迫られる厳しい時代でもあるは

ず… …?

寿司労だって牛タンにも似た時代戦略は待ったなし

「回転寿司」は、都市部では80年代にその店舗数を大きく伸ばし、昔気質の寿司職人や

うるさい食通から「邪道」「日本の伝統食の堕落」などと蔑まれながら、「ハレの日の

食」だった寿司の大衆化に大きく貢献した。 

 個々のネタの好き嫌いはあっても「お寿司が嫌い」という日本人はほとんどいないの

で、回転寿司の店は今日もサラリーマン、学生、おしゃれな女子、子連れママ、高齢者

など世代、男女を問わず来店客でにぎわう。 

 日本語が話せなくてもお好みのネタの「SUSHI」が食べられるから訪日外国人も入りや

すい。アジアや欧米の主要都市にも進出して、寿司の食文化を世界中の人々に広めてい

る。 

 エヌピーディー・ジャパンの「外食・中食データ情報サービス(CREST)」によると、

2016年の回転寿司の国内市場規模は6429億円だった。社団法人日本フードサービス協会

の「平成28年外食産業市場規模推計」によると、2016年の全国のすし店の市場規模は1兆

5028億円。回転寿司のシェアは42.7%にも達している。 

 そのように回転寿司が幅広い消費者に支持された最大の理由は、その低価格にある。1

皿=2貫(にぎり寿司2個)=100円はまさに「寿司の価格破壊」のシンボルで、集客の武

器と言えた。だが今、看板に大書きされて回転寿司の代名詞のように定着した「1皿100

円」は、存亡の危機を迎えている。 

 ついこの間まで、回転寿司は「デフレの勝ち組」と呼ばれ、国内市場は大きく拡大し

ていた。「外食・中食データ情報サービス」によると、2年前の2015年も回転寿司の国内

市場規模は6317億円で、前年比で9.7%も成長していた。ところが昨年2016年になると前

年比伸び率は1.8%とブレーキがかかった。2017年の予測も市場規模6570億円、伸び率2.

2%で、元のような急成長には戻らない見通しである。 

画像回転寿司の国内市場規模との伸び率の推移

 2015年は、回転寿司業態全体の平均客数の前年比伸び率は6.4%、平均客単価のそれは

3.1%と成長している手ごたえがあったが、2016年の伸び率は平均客数が1.8%、平均客

単価がプラスマイナス0%へ、大きく落ち込んだ。2017年の見通しも平均客単価こそ1.9

%伸びるが、平均客数伸び率は0.3%へ、さらに落ち込むと予想されている。 

画像回転寿司業態全体の平均客数、平均客単価の前年比伸び率の推移

 首位のスシローの業績を見ても、2017年9月期の上半期(2016年10月~2017年3月)は

全店売上高8.4%増、既存店売上高0.6%増、既存店客数0.2%増、既存店客単価0.4%増

ですべてプラスだったが、下半期(2017年4~9月)になると全店売上高が3.9%増へ減速

し、既存店売上高は3.1%減、既存店客数は2.5%減、既存店客単価は0.6%減と、前年同

期比でマイナスに転じている。 

 外食産業担当のあるアナリストは「マクドナルドの業績が好調で、子連れ客が回転寿

司からマクドナルドに流れたことも考えられます」と指摘する。 

 拡大が続いた回転寿司という業態は成長が頭打ちになっただけでなく、近い将来のマ

イナス成長、市場規模の縮小もありうるような状況に一変している。 

大手5社が中小チェーンを淘汰して寡占化が進行

 一つの業界の成長期が終わり停滞期に入ると、それまでは成長の果実を分けあってい

た業界内各社の優勝劣敗がはっきりし、競争に敗れた企業の倒産、撤退や、大が小をの

み込む買収が相次ぎ、大手による市場占有率(シェア)の寡占化が進む--経済の教科

書にはそのようなことが書いてあるが、回転寿司業態について言えば、まだ成長期のう

ちから大手による寡占化が大きく進行していた。 

 社名ではなく店舗ブランド名の2016年度(直近決算期)の売上ランキング上位は、次

のようになっている。 

回転寿司の売上ランキングと店舗数

1位 スシロー 1,564億円 484店舗

2位 くら寿司 1,136億円 401店舗

3位 はま寿司 1,090億円 475店舗

4位 かっぱ寿司 696億円 352店舗

5位 元気寿司 292億円 148店舗

(注:かっぱ寿司は回転寿司部門のみ。元気寿司は国内店舗のみ。スシロー、くら寿司

は海外店舗を含む)

 上位5社の売上合計は4,778億円になる。2016年の市場規模6,429億円に対するシェアは

74.3%で、5社で約4分の3を占める。そのように中小が淘汰され寡占化が進んでも、回転

寿司はなお成長していた。 

 首位のスシローのシェアは24.3%。ポピュラーな外食業態で1社だけでそれだけのシェ

アを占めるのは、一時70%を超えていたマクドナルドや牛丼店業態のすき家ぐらいしか

ない。しかも中期経営計画では年間30~40店舗の新規出店を計画している。 

 さらに持株会社スシローグローバルホールディングスは今年9月、5位でコメ卸大手

の神明傘下の元気寿司と業務提携し、経営統合に向けて協議に入ることが発表された。

 

回転寿司「1皿100円でも儲かる」カラクリの要諦 -

うまくいっている会社の「儲け」の仕組み第1回のテーマは、「回転寿司」について。

回転寿司の発祥の地は、実は東大阪元禄寿司が約60年も前の1958年、「廻る元禄寿司

1号店」を開店したのが始まりだ。売上高日本一を誇るスシローが1号店を大阪に開店し

たのはそれから30年近く後の1984年。

現在、全国展開をしている回転寿司店だけでも、「スシロー」「無添くら寿司」「はま

寿司」「かっぱ寿司」「すし銚子丸」「がってん寿司」「元気寿司」などがあり、これ

らの店のほとんどは1皿100円(税別)のメニューを売りにしている。

街の寿司店なら、ちょっとつまんで飲んで1人最低5000円が当たり前のところ、1皿100円

の回転寿司がどうして儲かっているのか、不思議に思う人は多いはずだ。

回転寿司の「儲けの仕組み」

飲食店なので、儲けを考えるときの基本的な計算方法がある。「客単価×座席数×回転数

」で店舗の売り上げを計算し、そこから原材料費(原価)や人件費、店舗の家賃、経費

などを差し引けばわかる。

回転寿司にあてはめてみると、「客単価は低めだが、座席数は多く、回転数も多い」こ

とはわかるだろう。それぞれの回転寿司チェーンでは、客単価を高くする試みや回転数

をさらに高める仕掛けなどもしているだろうが、どれも「安いのに儲かる」回転寿司の

秘密とは言い切れない。

それでは、原価はどうなのだろうか。メニューごとの原価では、ウニやマグロなどが高

く75?85円程度とされている。基本的に1皿100円(税抜)とすると、80%前後が原価とい

うことになる。回転寿司店は原価率が高いのが特徴で、一般的な飲食店では約30%程度

の原価率を、10ポイント以上、上回ることが珍しくないという。ウニやマグロの原価率

がこれだけ高いことを考えると、原価率の低いメニューが必要になる。

その代表格は、ツナマヨ、コーン、かっぱ巻き、タマゴなどで、いずれも原価率20%以

下だ。みそ汁などは10%程度、コーヒーに至っては2%程度だという。

店側としては原価率の低いメニューをなるべくたくさん食べてもらえれば、ウニやマグ

ロなどを食べる客がいても儲かる。そのためにはどうしたらいいか。実は原価率の高い

メニューと低いメニューを比べると、ある特徴があることがわかる。原価率の低いメニ

ューは子どもが好きそうなものが多く、逆に高いメニューは子どもが敬遠しそうなもの

が多い。

それこそが、回転寿司が儲かる仕組みで、ようするに、子どもの客を増やせばいいのだ

。子どもが原価率の低いネタをたくさん頼めば、ウニやマグロの注文で高くなりつつあ

る原価率を下げられる。ただし、子どもは1人では来られないので、ファミリー層を狙う

回転寿司店が郊外や新開発の住宅地などに立地することが多いのは、そこに若いファミ

リー層が多く住んでいることが多いからだ。広い駐車スペースを併設するのも、そうし

た若い親子連れや3世代連れの利便を考えてのことで、家族もろとも子どもを呼び込む作

戦といえるだろう。

家族連れなどの客が入店した後も、回転寿司では、儲けを出すためのさまざまな工夫が

なされている。回転寿司店のファミレス化などということが近ごろ言われているが、ま

さにそのとおりで、回転寿司が出現したばかりの頃に比べるとメニューは格段に多様化

している。

それも、子どもに向けた多様化で、ポテトフライや唐揚げ、ラーメン、デザート類が豊

富にラインアップされている。しかも、ラーメンやハンバーグ、デザートなどは、子ど

もに人気だが、それらの値段を寿司よりは少し高めに設定して、少しでも儲ける仕組み

を徹底している。

回転寿司業界の「次の狙い」

さて、例えば、ある回転寿司店の原価構成が、材料費=40%、人件費=30%、諸経費=2

5%で合計95%とする。そうなると利益はわずかに5%。もう少し利益率を上げたいが、

材料費は下げられない。

そこで、次はその人件費をなんとか抑えようとする工夫が必要になってくる。その1つが

寿司店でありながら寿司職人を置かないこと。ほとんどの店でシャリをにぎるのはロ

ボットで、それに加工済みのネタをのせるだけというシステムをとっている。注文取り

も今ではタッチパネルで行うのが当たり前だ。これは人件費の抑制と同時に廃棄ロスを

少なくして、コストを節約するという効果もある。

ここまで示したように、回転寿司が儲かる理由は1つではない。郊外に駐車場完備で立地

し、子どもと家族連れを呼び込む。寿司職人の代わりにロボットでにぎる、タッチパネ

ルで客に「食べたいネタを注文させる」など、その工夫はさまざまだ。こうした工夫を

組み合わせた「総合力」こそ、回転寿司の「儲ける力」になっているのだ。

 

「スシロー」が回転ずし業界で独走し続けるワケ -

http://toyokeizai.net/articles/-/281844

保育士は幼児の『盾』としての役割を 過度に背負いすぎてはいないだろうか?に

        ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

 屋久島における大雨、箱根の噴火警戒レベルが気象庁から出されるなど

今年も自然災害が、どこかで起こっています。

 新玉ねぎが、昨日,従妹より届きました。

 我が家は新玉ねぎの香りいっぱいです。

この時期ならではの素材を楽しみたいものです。

 この時期になると思い起こされるのが、小学校の給食の材料として

新玉ねぎを6個くらい持っていったことが懐かしい思い出となっています。

 洋二の自動車事故においては

マスメディアもそうとも言えるが、人の感情に訴える記事内容にしゅうししてはいまい

か?

 今はネット社会でもあり、保育士さんが攻撃されたり

感情の拡散から保育士さんの在り方論議まで

イムリーに気持ちを表現できることで

気づつけあうこともないわけではない…

 千葉での自動車事故で、保育士が幼児をかばうことで大けがをされました。

 これを受けネットでは保育士さんありがとうの記事が広がりました。

 これは職業として体が無意識のうちに反応したものでもあるでしょう?

 保育士さんにもご家族子供もあることでしょう。

 このケースではたまたま幼児にけががなかったことが幸いとなりました。

 だがどうだろう…?

 幼児にけが人でも出ていたならばネットの反応は

どうであったろうと、妄想するだけでそら恐ろしい気がします。

 園児の府警は限りなく保育士にプロフェッショナル、完璧を 世間は

保育士に『盾』をどこかで求めすぎてはいないだろうか?

 このニュースに触れ、保育士の退職者も出たともいわれています。

 幼児は仲間同士喧嘩をしたり、奪い合ったりする中で

人間性が磨かれたりもするのではないのだろうか?

幼児がおもちゃの奪い合いで、相手に引っかき傷など

起こそうものならその対処策も大変!

 ミこちゃんは思う

 命を預かる保育士の17万円くらいの保証では

あまりにもミライアル子の命の保証が軽く見られすぎているのではと

怒りすら覚えます。

 保育士に高いものを求めるのであれば

それなりの賃金保障は当然!

 人間の基礎基盤は幼児教育にあると感じてもいます。

 政府は、富裕層まで幼児教育の無償化を図る前に

なぜ保育士さんの賃金保障と、保育教育の充実に

そのお金を投じなかったのか?

  幼児教育は高度な教育内容と、個別の見守り

ミライアル子の安全安心の幼児管理が求められるはず…。

 幼児がうつぶせ寝をしていて、死亡した例にみられるように

 幼児の管理教育の充実こそが、全員無償かよりも専権事項と解釈なぜできないのだろ

う?

 これも総理が急遽思いついた選挙政策に過ぎないのでは…?

 議員の解散権は総理にゆだねられています。

 幼児教育の無償化を掲げ、満期をまたずに解散選挙を実行。

 これの大義名分などまるでなく

いたずらに税金と 自民党のための愚作でしかなかった。

 教育無償化の骨組みは、あまりにも脆く、

いつ、砕け散ることだろうかと不安要素ばかりが浮上する。

 仕事を されている人の中には、風邪ひきの幼児を

お熱があるにもかかわらず、仕事が休めないとの理由で

幼児を通常通り「知らん顔」を装って

平気ではないにしろ通園された人もおありのはず…!

 わが近くの公園に、15名ほどの園児を保育士2人で

月に一度の割合で20分少々かけて散歩に来られます。

 それはそれは大変です。

子供たちは野に話された動物のごとく

思い思いに行動をはじめ、その見守りだけでも

保育士さんの緊張状態はピーク状態!

 けがをさせることもたぶうです。

園の行事のたびに持ち帰り残業は通常パターン。

これもサービス残業になっているところはかなりと聞かされてもいます。

  保育士として。私達は、日々保育を通して子どもからたくさんの学びと感動を頂いています。保育士と

しても、一人の親としても、その時には精いっぱいの気持ちで子ども達に向き合ってい

ても上手くいかない事や反省する事があります。そんな時には落ち込んだり自己嫌悪に

陥ったり・・・誰もが、一度は経験している事かもしれません。

私の場合は、保育や子育てに悩んでいる時に“完璧な親なんていない!”という言葉に

出会いました。その言葉に出会った時、心にのしかかっていたものがフッと軽くなった

ことを覚えています。そして、たくさんの“話を聞いてもらえる人”を見つけました。

たくさんの方々との出会いの中からたくさんの子育ての仕方や考えに触れ、そのどれも

が貴重なるもので、「親の愛情」を感じました。

当法人は社会福祉法人“ご縁会”と言いますが、まさに園児や保護者、地域の方々との

ご縁があってこそ、さくら坂保育園は生かされています。

そして、当園にはたくさんの支援を必要とするお子様がいますが、お母さん方からたく

さんの気付きを教えて頂きました。

“障がい”があることで、保護者の方は他のお子様より考える事や根気など幾分かは必

要かもしれませんが決して“かわいそう”なんかじゃない。でも、そう思えるまでには

たくさんの出会いが必要なのだと教えて頂きました。手記に書かれている身に余る感謝

の言葉を掲載する事に多少のためらいはありましたが、そのまま掲載いたしました。こ

の温かい励ましの言葉を糧に、今後更に保育活動に真摯に取り組んでいきたいと思って

います。

また、在園されている保護者の方だけでなく、子育てについて何かを知ろうとする方が

HPを見ているかもしれません。そんな方々にも、親もいろんな思いを抱えて子どもと

共に成長していくのだ!という事を体験された方の手記から感じてもらいたくて掲載し

ています。

最後になりましたが、「この子らを世の光に」と訴え、滋賀県の福祉の父と呼ばれた糸

賀一雄氏の言葉をお伝えします。

「この子らはどんな重い障がいをもっていても、誰と取り換えることもできない個性的

自己実現をしているものである。人間と生まれて、その人なりに人間となっていくの

である。その自己実現こそが創造であり、生産である。私たちの願いは、重症な障がい

をもったこの子たちも立派な生産者であるということを、認め合える社会をつくろうと

いうことである。『この子らに世の光を』あててやろうという哀れみの政策を求めてい

るのではなく、この子らが自ら輝く素材そのものであるから、いよいよ磨きをかけて輝

かそうというのである。」

この理念の上にさくら坂保育園の『一人ひとりを大切にすることは全ての子ども達の人

権を保障すること』につながっていると信じています。

社会福祉法人 ご縁会

さくら坂保育園 園長  太田 加奈子

   アサヒコムより。

車暴走、保育士は「盾」なのか 吐露したやるせなさ (5/18)

 きょうも残業だった。東京都内に住む保育士の女性(25)は15日夜、自宅に戻り

、テレビをつけた。

 千葉県市原市の公園で、突っ込んできた車から園児をかばい、女性保育士が重傷を負

ったニュースを放送していた。勇気ある保育士の行動が大きく取り上げられていた。

 ネットでは「盾になった保育士さん、すごい」とたたえる声が目についた。女性は「

子どもたちのことを常に考えているからこそ、とっさに体が動いたんだ」と、同業とし

て誇らしく思った。でも何か、もやもやした。

 「事故をうけて、現場の保育士であるぼくたちが不安なのは、親御さんや世間が『保

育士は命をかけて当然』と思ってしまうこと 僕たちも一人の人間で、たいせつな親が

いてたいせつな子供がいる 事故が起きたらきっと咄嗟(とっさ)に盾になる我々です

が、世間が保育士を『盾』として扱うのはやめてほしい」とツイートした。

 月に1、2度のつぶやきは、独り言の、愚痴のようなもの。フォロワーはわずかで反

応が届くこともまずない。今回は違った。2日もたたずにリツイートが7万、「いいね

」が16万を超した。怖くなるような拡散ぶりだった。

 保育士6年目。子どもが好きで中学生のころから、将来の夢は保育士以外にはありえ

なかった。ただ職場の現実は厳しかった。残業続きなのに給料は低い。「世間に評価さ

れていないのかな」。前に勤めた保育所では、上司のパワハラうつ病にもなった。

 救いは園児たちの笑顔だ。保育…

社会が変えた、こんびにもでる!

   ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

 わき立つような萌え木色のこの季節…

なんだか自然界の営みに圧倒される

木々たちのまぶしいほどの活動期。

圧迫感を なぜか覚えてしまいます。

 「これも,お歳のせいかしら」

 みこちゃんは,昨日の今日のまんまでしかありません。

 コンビニも、消費者である我々の声が届くようになりました。

 売れ残り商品が時間が来れば廃棄処分されていたなんって

信じられない現象でもあったはず?

 バイトにコンビニに行っている高校生の姪の子も言っていました。

「期限切れのパン、弁当、総菜などが大量に

処分される様は複雑な気持ちで処理してきたとも語る。

 姪の家は貧しいがため、高校生にバイトさせている貧乏生活の

暮らしが「もったいない」を誘発させているのであろう。

 コンビニスタイルが社会現象となり

消費期限商品をポイント還元策で戦略変更をせざるを得なくなった。

 姪もパンが大好き人間でしたが

今ではパン食から和食にシフトし貧乏生活を

何とかクリヤーしている状況。

 通勤も車からバイクに切り替えています。

 結婚するまでは1980円商品など着ることはなかったけれど

今では安いものしか買えない生活を送っています。

 野菜たちも作ったことなどありませんでしたが

今では家の狭い庭であれこれ作るようになりました。

 結婚そして子育ては人間を飛躍的に成長させてくれるものだと

感心しながら応援しているところです。

 食品ロスは我が家にもたくさんあります。

 スーパーが遠いいこともあり、買いだめ傾向となり

ロス商品が2000円くらいにはなっているような気がするので

子の暮らしの検証と食生活の在り方のチェックは必須でもあります。

 スーパーの期限切れ商品時間は、買い物客が集中するほどの傾向も

いまではめずらしくもない当たり前のタイムバーゲンモデル… ロス商品はそのまま、ごみ処理料金にと波及してしまいます。

 ミ子ちゃんも人生の消費期限を、元気に踏ん張って

青空と小鳥たちとうたいながら元気に生きてます♪

食品ロス削減、社会の声でコンビニ本腰 売り手にも利点

https://www.asahi.com/articles/ASM5K4H1ZM5KULFA022.html

   今日のスタートメニュー

 ごはん、豆腐わかめにらの味噌汁

ささみとチーズの地租巻き上げ 沿道の卵とじ モズク

ヨーグルト ばなな

 二度とないこの日がどうか素晴らしいひと日となりますように…。

後期高齢化、団塊世代の未来の福祉!

   ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

 今日も太陽の恵みいっぱい。

悲鳴を上げながらも、いまさらのように温暖化の副産物に泣きたい気分!

 戦後のベビーブーまーたちも、生涯の終焉は、その日の暮らしも大変!

過ぎてみれば、あの世まで安心のお導きもない…

 介護難民として行き場を失った団塊世代

容易に見えても来ます。

 焼き場だって、一週間待ちは当たり前!

働き倒した週末は、もはや疎まれる時代…

 加えて、引きこもりのわが子の身を案じなければ

死にきれない時代でもあるようだ?

 パラサイトシングルが、息が切れようとするその日まで

ぶら下がり続ける世代でもあるのかも…?

 年功序列の元、気に入らなくても、馬車馬のように

働いてきた年代でもあります。

社会人であれば労働はいわば当然…

「働かざる者,食う無からず」を代名詞のごとく

さいころからたたきつけられてきた年代でもあります。

 就職列車で金の卵のように労働者として東北から関東に向け

中学卒業から,懸命に働き定年を迎えた人はなんと大井いことだろう…

 孤独死はあちこちで見られる団塊の世代

 先祖バカも子供がいながら、平気で「永代供養」にお願いする時代でもあります。

国は地域ボランティアに望みをかけるしかない…。

 親を見ることのできない子供世代が他人の親の見守りが期待できるのでアロうか

 これは自己責任を促している西か他ならない。

 団塊世代のお年寄りは覚悟の週末がいるとしか思えません。?

(2)意味 1947-1949年生まれ・全共闘世代・          ビートルズ世代・70年安保世代・グ     ループサウンズ世代

→戦後のベビーブーマー(679万      人)

(3)注目点 戦後の民主教育教授・高度経済            成長期の申し子・ニューシルバー・            年金セーフ組(勝ち組)

→退職金市場60兆円?

これが、団塊世代の人生そのもの…

   産経寄りの引用。

【朝晴れエッセー】カアサン・5月17日

 「カアサン」。そう言って無意識に右手を差し出した。それは「溺(おぼ)れるものは藁(わら)をもつかむ」といった心境だった。「大丈夫、しっかりしなさい」。そう言って握り返してくれた女房の手のぬくもりが心に染みた。

 昨年の8月、突然、病魔に襲われた。急に胸が圧迫され、吐く息はできても吸うことができず、手足が痺(しび)れた。もう駄目だと観念した。必死になって女房を呼んだ。

 驚いた女房が救急車を呼んでストレッチャーに身を委(ゆだ)ねたときの出来事だった。不思議なことだが、亭主関白そのもので生きてきたこの俺(おれ)は、女房を呼ぶのには「オイ」か「ヒロコ」の2つの称号しか使ったことがない。そんな俺がなぜ「カアサン」と呼んだのか、今もって分からない。

 医師たちの迅速な処置により意識が正常に戻ったのが午前3時ごろだった。どうやら5時間ほど、朦(もう)朧(ろう)とした状態が続いていたらしい。目を開くとベッドの横に女房が座っていてくれた。

 「カアサン」、そう言った。「すまないな」。そう言った途端、不覚にも涙が頬(ほお)を伝った。「いいですよ、何にも言わなくて、静かにして眠りなさい。もう大丈夫だから」

 そう言った女房の顔を見たとき、俺はこの女性を女房にして50余年、どんなものを得るよりもはるかに、至高の宝物を得たんだな、とつくづくそう思った。それ以来、今日もまた、「カアサン」と呼んでいる。

団塊世代後期高齢者になる時代の福祉

https://www.sankei.com/life/news/190516/lif1905160036-n1.html

高齢者労働環境に配慮も?

    ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

 朝の空気は、半袖では過ごしつらいほどの気温に

ぶるっとしながらもこの時間を有効でありたいもの

 高齢者の雇用年齢は定年延長、雇用継続と

企業側に求められてはいるものの、雇用内容に

不満を持つ人もないとは言えない?

現在、政府においては、少子高齢化の流れに歯止めをかけ、誰もが生きがいを感じられる全員参加型社会である「一億総活躍社会」の実現に向けての取組が行われており、その具体化として、多様な働き方が可能となるよう社会の発想や制度を大きく転換する「働き方改革」が進められている。 この中で、高齢者の就業促進については、将来的に継続雇用年齢や定年年齢の引上げを進めていくためには、そのための環境を整えていく必要があり、企業の自発的な動きが広がるよう、65歳以降の継続雇用延長や65歳までの定年延長を行う企業等に対する支援を実施し、企業への働きかけを行うこととされている。 その一方で、高年齢労働者の労働災害の発生状況を見ると、「50歳以上」の者の労働災害は全体の約半分を占め、特に「60歳以上」の者については平成元年の12%から平成27年には23%へと全体に占める割合は倍増しており、今後も高齢者雇用の進展等に伴って、高年齢労働者の労働災害の全体に占める割合はさらに増加していくことが懸念される。 このような状況を踏まえて、当協会においては、今般、企業における高年齢労働者の活躍促進のための安全衛生対策について先進的な取組を行っている事例を収集して事例集として取りまとめ、幅広く周知啓発を行うことにより、今後のこれらの取組を促していくこととした。 このような観点から、本事例集においては、①加齢による身体機能の低下についての自覚を促すための安全衛生教育を行うことにより労働災害防止の効果を上げている事例、②高年齢労働者に多い転倒・腰痛等の労働災害防止対策に積極的に取り組んでいる事例、③作業負荷を軽減するための幅広い取組を行っている事例、④60歳以降もいきいきと働くことができるようにするための体力づくりを若年時から実施している事例、⑤中年以降に発症リスクが高まる「がん」治療と仕事との両立支援を行っている事例などの先進的な取組を取り上げた。 企業の皆様方におかれては、これらの先進的な取組を参考にして、今後の取組に役立てていただくとともに、高年齢労働者の安全と健康の確保のための配慮事項

を再

認識していただく機会となれば幸いである

 このように政府の要望は雇用者の配慮が求められているが実際の雇用内容は企業側との温度差は埋めようがない実例も少なくありません。

 63歳の女性が清掃業に従事し、階段の清掃中

二段ほど階段を踏み外し骨折入院し

退院まなしより出勤したことで、足の経過が悪くなり

休みがちになると、首を切られたり

過重労働が過ぎて、心筋梗塞で亡くなられた事例もあり

国の実態把握が強く求められます。

わが従弟は76歳ながら、この度がんの手術を終え

退院まなしから職場に復帰し、信じられないくらいの元気さに

ただただ驚くばかりです。

経済的に困窮しているわけではないと思いますが

ただ体を動かすことが好きといった趣味のようなものでしょうか!

 毎日よりの引用。

。 70歳までの雇用確保 

多様な選択への支援策を (2019/05/16)

 政府が「未来投資会議」で70歳までの雇用確保を企業の努力義務とする方針を示した。

 少子高齢化が進む中で社会保障費の伸びを抑えることが政府の狙いだ。確かに現在65歳まで義務づけている雇用確保を5年延ばせば、支えられる層が減り、支える側が増えて社会保障の財政は改善される。

 このため70歳までの雇用確保を検討すること自体は理解できる。

 しかし、高齢者雇用を企業に押しつけるだけで済む問題ではない。65歳以上を一律に「高齢者」としても仕事観や生きがいはさまざまだ。それぞれが主体性を持って「人生100年時代」を生きられるよう、政府は支援策を講じるべきである。

 医療や介護の必要がない「健康寿命」が延び、働く意欲のある高齢者は増えている。働き手不足の解消を期待する声も大きい。

 ただ、現在は多くの企業が60歳を定年としており、65歳までの雇用継続にも苦労している。人件費削減のため60歳以上の従業員の賃金は59歳時に比べて平均6割程度に抑えられている。先進諸国の中で日本の高齢者の賃金の下落幅は大きい。

 同じ内容の仕事をしても60歳を過ぎると手当が打ち切られるケースもあり、不当な賃金差別として会社を提訴するケースが相次いでいる。

 経営側の人件費抑制策で現役世代にしわ寄せが来ることも懸念される。中小企業の中には高齢者ができる仕事を用意することが難しいところもあるだろう。

 一方、政府が示した雇用確保策には企業が自社で雇用し続けるだけでなく、他企業への再就職あっせん、起業支援、NPO法人での社会貢献活動の資金提供も盛り込まれた。

 医療・福祉業界など深刻な働き手不足の分野に転職したり、NPO法人で社会課題の解決に取り組んだりする人も増えてきた。こうした流れは当然、後押しされるべきであろう。希望する人に向けた職業訓練や社内教育を充実させる必要がある。

 公的年金の支給開始年齢は原則65歳だが、希望に応じて70歳を超えても割り増した年金を得られるよう、受給開始年齢の選択肢を広げる案も示された。個々のライフスタイルに応じて多様で幅広い選択肢が用意されなければならない。    

沖縄本土復帰から47年、憲法はどうなっている?

   ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

 蜂たちが群がり続けていた我が家のさつきたち

今朝はその生命を 終え無残にも散りはてたさまの

なんと、あわれをひとしお誘う…。

 今日は沖縄本土復帰から47年を迎える。

 だが復帰後の沖縄には基地負担と騒音、そして貧困。

 沖縄の経済の主役は観光だより!

 憲法の下の平等な平和など沖縄にはまるでない!

 嘉手納町は今年度、住民に聞き取りをして健康被害などを調べる。かねて政府に調査を求めてきたが応じないため、独自に取り組むことにした。

 「沖縄に寄り添う」と繰り返し、負担軽減を約束しながら、現実を見ることを拒む。国民の生命・身体を守るべき政府がとる態度とは到底言えまい。 本土復帰以降、基地はその規模を拡大しているという…。

 知事選や国政選挙、ことし2月に全県で実施された県民投票などを通じて、幾度となく示されてきた沖縄の思いは一顧だにされず、きのうも辺野古での埋め立て作業は

進められ続けている。

辺野古での地盤はマヨネーズ上の軟弱地盤にもかかわらず

その予算の検証もなく、国民の税金が

何の疑問も生じることなく埋め続けられている。

 自民党独裁がなせる日本の崩壊の進む方向でしかない!

   中日よりの引用。

真に憲法の仲間として 沖縄復帰47年(5月13日)

 沖縄は十五日、本土復帰四十七年を迎える。しかし、沖縄の人権や自治は今なお、日本国憲法の外にある状況ではないか。復帰の意味を問い直すときだ。

 沖縄県読谷村(よみたんそん)。太平洋戦争末期、米軍が沖縄本島で最初に上陸した村の役場前に高さ三メートルほどのコンクリート柱が立っている。

 憲法九条の碑。「日本國(こく)民は正義と秩序を基調とする國際平和を…」。旧字体で条文を刻んだ金属板が埋め込まれ、柱の上には植物の萌芽(ほうが)のごとく九条の精神が世界に満ちるように、との願いを込めた彫刻が掲げられている。

輝かしい命

 建立は戦後五十年に当たる一九九五年。「沖縄の人々にとって日本国憲法は輝かしい命そのものだった。人間が大事にされ、戦争をしない国になるという希望を与えてくれた。戦後の米国統治下の沖縄の復帰運動は、日本国憲法の下への復帰を目指すものでもありました」。当時読谷村長だった山内徳信(とくしん)さん(84)=元社民党参院議員=は、建立の背景を振り返る。

 五二年発効のサンフランシスコ講和条約で、沖縄は正式に米国の施政権下に置かれた。米側は沖縄に日本の「潜在主権」を残すことは認めたが、日本側は六五年、政府統一見解で日本国憲法の「適用はない」と宣言した。

 沖縄には米国憲法も適用されない。軍人の高等弁務官を頂点とする米国民政府が軍事的必要性を最優先に行政、立法、司法上の権力を行使。基地拡大のための土地の強制収用をはじめ政治家の弾圧、表現の自由の規制、事件事故を起こした米兵の無罪放免-などが繰り返された。

 人々が、基本的人権の尊重、国民主権、平和主義を基本原理とする憲法下での生活を求めたのは言うまでもない。山内さんによると、若者たちは鉛筆で条文を書き写しながらその日を夢見ていた。

戦争と隣り合わせ

 七二年五月、沖縄の復帰は実現する。しかし「日本国憲法への復帰」は決してかなえられたとはいえない。悲運の発端は、広大な基地の継続・維持が盛り込まれた日米間の沖縄返還協定である。

 返還交渉中、日本政府は基地の扱いについて「核抜き本土並み」と表明し縮小に期待を持たせたものの、復帰前に沖縄本島面積の20%を占めた米軍基地は今なお14・6%と取り組みは進んでいない。

 基地は復帰まで、共産圏をにらむ最前線として最大約千三百発もの核が配備され、ベトナム戦争の出撃拠点となった。冷戦終結後も湾岸戦争イラク戦争などに空軍や海兵隊を送り出してきた。

 日本は戦後一度も他国と戦火を交えていないのに、沖縄は米国の戦争と隣り合わせの状態に置かれ米軍機の事故や米兵、米軍属による事件が繰り返される。在日米軍の特権を定め、翁長雄志(おながたけし)前沖縄県知事が「憲法の上にある」と嘆いた日米地位協定もそのままだ。

 沖縄県や県警のまとめでは、復帰後二〇一七年末までに、県内で発生した米軍航空機関連の事故は七百三十八件(うち墜落は四十七件)、米軍人などによる刑法犯罪は五千九百六十七件(うち凶悪事件は五百八十件)。生命、生活、財産が脅かされる日常は法の下の平等に大きく反する。

 その上で、名護市辺野古で進められる新基地建設に県民が重ねて反対の意思を示すのは、当然すぎる行動だ。政府は米軍普天間飛行場の移設・返還のためというが新基地完成のめどは立っていない。その矛盾をどう解消するのか。

 新基地建設を巡ってはことし一月、国内の主な憲法研究者の約四分の一に当たる百三十一人が連名で「憲法の重要原理を侵害、空洞化する」との声明を発表した。解決には「何よりもまず沖縄の人々の人権問題」を考え工事を即時中止すべきだとする。

 「民主主義や地方自治の在り方が問われている点で、日本国民全体の問題」ととらえようとの提起は極めて重要だ。

 沖縄の地元紙琉球新報が、本土復帰に関して五年ごとに行っている県民世論調査がある。復帰して「とても良かった」「どちらかと言えば良かった」との回答の合計は、復帰から三十五年の〇七年には82・3%だった。四十周年の一二年にはちょうど80%。さらに五年後の一七年には75・5%と幅を広げながら低下している。

「自己決定権」を希求

 一方、同紙の別の県民意識調査では、今後の沖縄の立場について自治州や連邦制への移行、または「独立」を望む声が一一~一六年の五年間に二割から三割超に急増した。「自己決定権」の希求。裏を返せば、復帰の本意をかなえないままの「日本」不信の表れだ。

 沖縄を真に憲法の下の仲間とする-。中央の政治はもちろん本土側の国民も、あらためて当たり前のことを行いたい。

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