父の手。

  ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

おはようございます。

 バックには「命の歌」が流れています。

 今日の花言葉は じゃがいもです。

情けが花言葉

 じゃがいもの今年は厳しい花でもありました。

故郷の山々は 黙って70年近くも見守ってくれています。

 プーチンの夜はあるのかしらと想像してみる。

 多くの命が無残にもなぎ倒されています。

 みこちゃんは母が亡くなるまでは

父とは 一度も言葉を交わしたことがありません。

価値観が まったく同意できるものではありませんでした。

だけれど30歳の時母に父を託され

読み干支急ぐかのように旅立たれ

それから父は脳卒中

おまけに認知症と大変でした。

 今思えば、認知症があったからこそ

父を いたわりをもって接することができたのだと感謝もしています。

 長男でなく私に父を託したのかと思いはしますけど…

【朝晴れエッセー】初めて父と握手・5月15日

母は私が42歳のとき、くも膜下出血で亡くなっていたので、子育て中の帰省は、いつ

も慌ただしくゆっくりもできずに帰っていた。

子離れ後の帰省は、父と近場の温泉へ行ったりもした。また、趣味で俳句をたしなんで

いた父を間近に見て、私も自然と俳句を趣味とするようになった。

道端の草木の名前、句碑などを教わり気ままな散策を楽しんだこともあった。黄金に揺

れる一面の小判草(こばんそう)の風景に目を見張ったことも。ただの雑草と思っていた

小判草も、一面となるとこんなに感動するのかと、小判草の名を父から教わる。

そんな帰省もあっという間に帰る日が来る。見送りは、元気な頃は駅のホームまで、年

を追うごとに門前から玄関先へと変わっていった。

ある年の帰り際、「また来いや」と言いつつ手を差し出してきたのである。反射的に私

も手を差し出した。父と握手して一瞬驚いた。

父の掌(てのひら)がこんなに温かく柔らかいとは思ってもいなかったからだ。ごつごつ

しているとの先入観があったからだと思う。この感覚は今も残っている。

初めての一度きりの握手だった。

大角泰子(80) 大阪府吹田市

【朝晴れエッセー】初めて父と握手・5月15日

母は私が42歳のとき、くも膜下出血で亡くなっていたので、子育て中の帰省は、いつ

も慌ただしくゆっくりもできずに帰っていた。

子離れ後の帰省は、父と近場の温泉へ行ったりもした。また、趣味で俳句をたしなんで

いた父を間近に見て、私も自然と俳句を趣味とするようになった。

道端の草木の名前、句碑などを教わり気ままな散策を楽しんだこともあった。黄金に揺

れる一面の小判草(こばんそう)の風景に目を見張ったことも。ただの雑草と思っていた

小判草も、一面となるとこんなに感動するのかと、小判草の名を父から教わる。

そんな帰省もあっという間に帰る日が来る。見送りは、元気な頃は駅のホームまで、年

を追うごとに門前から玄関先へと変わっていった。

ある年の帰り際、「また来いや」と言いつつ手を差し出してきたのである。反射的に私

も手を差し出した。父と握手して一瞬驚いた。

父の掌(てのひら)がこんなに温かく柔らかいとは思ってもいなかったからだ。ごつごつ

しているとの先入観があったからだと思う。この感覚は今も残っている。

初めての一度きりの握手だった。

大角泰子(80) 大阪府吹田市