小説 メデイアにより汚染されているのかも…

  ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

おはようございます。

バックにはショパンのバラードが流れています。

絶望の淵から上がろうとする悲しみもあるのだと思わされました。

戦争に そもそもルールなどあるのでしょうか??

日本になぜ原爆を続けて落とす正義などあったのでしょうか。

もう 這い上がることなどできはしない環境にもかかわらず

原爆の実験は最小限とはとても思えません。

故郷の山々は、

衣をまといその風情を変えようとしています。

 言葉も 有限にも無限にもその意識改革を

どこか求めているのでは…

 人間のスパーんも75ねんっくらいで変化を求めているのではと思います。

 小説の中から汚染されたり感染症を起こしたりと

人に多大な影響を与え続けているのかも…

小説「ペスト」、感染症で人が狂う姿が今と似る訳 高橋 源一郎/ 斎藤 美奈子

(3月26日配信)戦後30~40年で繁栄し、30年かけて衰退

[第2回]

カミュ『ペスト』(1947/新潮文庫他)

高橋 源一郎(以下、高橋):ぼくは今「ヒロヒト」という小説を連載しています。つま

り昭和をテーマにしているんですが、通常の年表ではなく、自前の年表を作っていたら

気がついたことがあります。昭和のほんとうの起点は大逆事件じゃないかって。明治天

皇の暗殺を企てたという容疑で幸徳秋水をはじめとするアナキストが検挙され、後に処

刑された大逆事件で、これが1910年。関東大震災が1923年、太平洋戦争の終戦が1945年

昭和天皇が亡くなったのが1989年。ざっと80年です。

斎藤 美奈子(以下、斎藤):おおよそ10年、30年ごとに何かが起こってる?

高橋:そう。1989年は昭和天皇崩御の年なんですが、ベルリンの壁が崩壊した東西対立

解消の年でもあって、ルーマニアチャウシェスク独裁政権が崩壊、それから天安門

件もあった。

斎藤:ひとつの時代が、あんな形で一斉に終わるなんて思ってもみませんでしたね。

高橋:そうですね。バブル経済が崩壊するのは1992年頃だから、日本はまだ景気がよか

った。1989年12月の株価なんて3万8000円台ですからね。世の中が浮かれてた。当時の日

記が残っているんですが、楽しそうなんですよ(笑)。

斎藤:バブル真っ只中。マハラジャ(ディスコの店名)の時代ですから。

高橋:そして、1989年を起点に現在までたどってみると、2001年にアメリカ同時多発テ

ロ、2011年に東日本大震災、2020年に新型コロナウイルス禍。

斎藤:そっか、戦後の2周目が終わろうとしてるんだ。戦争が終わってだいたい30~40年

かけて繁栄し、30年かけて衰退している。

高橋:折り返しかよ!?ですね。

斎藤:司馬遼太郎史観は、明治維新から日露戦争までが上り坂、その後から下り坂にな

って太平洋戦争で自滅したっていう話ですよね。半藤一利さんの『昭和史』(2004/平

凡社ライブラリー)も40年周期説で、近代のスタートから40年ごとに盛衰を繰り返して

いるというしね、柄谷行人さんはたしか歴史は60年周期で動くと言っていた。

高橋:サイードは、人間がほんとうに理解できるのは、自分の身体性から考えられるこ

とだけだと、言っています。例えば、人間の作るものに「はじまり」があって「終わり

」があるのは、人間が生まれて死ぬからだと。もしかしたら偶然なのかもしれませんが

、歴史に周期性があるのも、というか、そこに周期性を見いだしてしまうのも、自分の

身体性から考えてしまうからなのかもしれない。それにしても、だいたい75年前後で大

きな周期が終わるように見えるんですよね。

文学史的にはコロナ禍はすでに見慣れた風景

斎藤:一生と同じぐらいの時間ということね。

高橋:はい。2020年はちょうど終戦から75年です。そういうわけでここのところ、頭が

半分明治から戦後のことしか考えてないので不思議と既視感が強いんです。コロナ禍で

起こっていることにあんまり驚かないのは文学史的ワクチンを打っているからかも(笑

)。

斎藤:ワクチン済みの人にとって、コロナ禍はすでに見慣れた風景なわけだ。

高橋:これまで斎藤さんと雑誌「SIGHT」で「ブック・オブ・ザ・イヤー」の対談をして

きて、毎回、まだ下り坂ですねって話をしてきたじゃないですか。

斎藤:そうですね、しましたね。

高橋:2020年のパンデミックは、最後のとどめのように出てきたっていう感じがします

。今のところ100年前に世界的に流行したスペイン風邪よりひどくないんだけど、危機感

はあるんだよね。

斎藤:有事の感じ。感染症が突然、意識化されたんですよね。

高橋:そこがおもしろいところだよね。その初期段階にカミュの『ペスト』が読まれま

した。

斎藤:急に売れだしたので、4月頃は書店の店頭にもなかったし、ネットでも品切れで手

に入らなかった。累計で125万部ぐらいなんでしょう??すごい感染力。

以前読んだときは、ペストはある種の不条理な状況、ファシズムとか戦争とかのメタフ

ァーだと思ってた。哲学的な小説という印象だったんだけど、今読むと象徴でも暗喩で

もなく完全にリアリズム。ど真ん中の話なんで驚きました。お医者さんが主人公ですし

ね。

高橋:ぼくも以前は「ペスト」は戦争の象徴かなと思っていました。けれど、今読むと

全然違って読むことができます。それが優れた作品の特徴だとも言えますね。まず、す

ごく正確に感染症について書いています。

それからもうひとつ、まったく読めていなかったことがありました。人びとを汚染させ

るものはぼくたちの口から出ている「言葉」だという、医師リウーではなく、もう1人の

主人公・よそ者タルーの嘆きです。おそらく、これがカミュのいちばん書きたかったこ

とだと思うんですよ。本当はもっと早く気がつくべきだったんですが。

カミュは、中立的な日刊紙「コンバ」の編集長でした。保守もコミュニストもともに戦

ったレジスタンスも、戦争が終わった途端に激しい内部対立に晒されます。ご存じのよ

うに思想的な対立は内輪ほど激しいし、左派はものすごく激しく内部闘争をします。

そんな中で、左右どちらにも属さないカミュは徹底的に批判された。それは、言葉によ

る激しい批判、闘争でした。時には、まったく根拠のない誹謗も投げかけられた。そう

やって、言葉による「汚染」が進んでいった。

『ペスト』は感染症によって何が引き起こされるのかを描きながら、そのことで、いろ

いろなものを想像できるように書いています。カミュは、ほぼ同時期に『異邦人』(194

2/新潮文庫他)も構想してるんですが、あちらが個人の言葉の問題とするなら、政治の

言葉の致死性を描こうとしたのが『ペスト』だと思います。言葉が人びとを汚染させて

人びとの紐帯を破壊してゆく。あっという間に炎上していくところなんか、SNSそのもの

ですよね。

SNS感染症の世界に似ている

斎藤:不確かな情報が氾濫するインフォデミックという言葉もあります。

高橋:SNSって、ほんとに感染症の世界に似ている。Twitterの実効再生産数3.0とかね(

笑)。

こちら、電子版はこちら

斎藤:言葉の感染力のほうが強力かもしれない。

高橋:コロナ禍の初期の段階でカミュの『ペスト』が読まれたのは、みんなに「あれだ

!」という直感があったからでしょう。

斎藤:思い出した人は多いでしょうね。政治家の危機感の薄さとか、ロックダウンされ

た町がどうなるのかとか、死者を葬る場所もなくなるとか、ディテールがあまりにもリ

アルすぎて驚きましたね。リアリズム小説だったんだ、すいませんでした!?みたいな。

高橋:舞台が当時フランスの植民地だったアルジェリアっていうところもね。本国じゃ

ないから封鎖しちゃえばいいんじゃない、って見捨ててしまう。

第1回:21歳で芥川賞「宇佐見りん」だから描ける独特世界(3月26日配信)

(第3回に続く)