母としての喜び。

  ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

おはようございます。

雨の降らない日はありません。

 コロナ感染者は千穂にも爆発的な感染が拡散してます。

今日も早くから草刈りのエンジン音が山々にこだまする。

まるで背中を 追い立てられるように…

気が付けばセミの大合唱も虫の音にと季節が変わろうとしています。

好きないちっじくも600円くらいで食べたつもり…

缶詰で満足満足。

 みこちゃんは悲しいかなお母さんにはなれませんでした。

 お母さんは尊敬の塊です。

ときには幸せすぎて、怖くて、心配で、あなたを心から想うばかりに、いっぱい涙を流

してきた。あなたは気がついていなかったかもしれないけれど、お母さんはあなたの痛

みも喜びも、あなたと一緒に味わい、分かち合ってきたのだ。

あなたの母親として自分自身を振り返るとき、とてつもなく辛口な評価をしなければい

けない。常に母親として欠点だらけだと自覚していて、ときどきそれで自分が大嫌いに

なる。あなたには、何ひとつ間違ったことをしたくないから、完璧なお母さんでありた

いと願ってきた。

でもお母さんだって所詮人間だから、やっぱり間違える。あなたが大きくなった今も、

あのときの間違いをときどき悔やんでいる。できることならあのときに戻って、もう一

度あなたのためにやり直したいとさえ思っている。

でもそれは叶わぬ話。あのときのお母さんは、できる限りの知恵と力を振り絞って、あ

なたのためにベストを尽くしたのだ。それだけは心に留めておいて欲しい。

子供とともに成長させてもらえるのもお母さんです。

【朝晴れエッセー】桃太郎・8月22日 (2021年08月22日)

16年前の6月は、3週間ほどの入院生活を送っていた。ひどいつわりで食べ物を受け

付けず、1日4本の点滴で命をつないでいた。

枕元にエコー写真を貼り、まだまだ人間の姿にはとても見えない生物の姿を見つめては

、点滴の匂いのする汗と涙を流し、ひたすら耐える日々だった。

ある日栄養士さんの機転で、冷ましたご飯を小さな塩むすびにしたものならいくらか食

べられることがわかり、間もなく退院することができた。

梅雨が明けるころにはちょっとした外出ができるくらいには体力が回復したが、大変だ

ったのはスーパーでの買い物だった。

いろいろな匂いがあふれる売り場の中で、唯一深く呼吸できるのは青果売り場だけ。ち

ょうど店頭に並び始めた桃は、その香りでずいぶん私を助けてくれた。香りだけでなく

、そのみずみずしさと強すぎない甘さで食欲と心も支えてくれた。

年明け男の子を産み、また夏が近づいたころ、赤ん坊の?の白さと柔らかさ、ふわっと立

ち上がる産毛をうっとりと見つめながら、私は桃を産んだのではないかと思ったりした

いつもいつも桃、桃、と強く思っていたことは、おなかの中の子供になにかしらの影響

を与えてもおかしくないのではないか。桃太郎は桃から生まれたけれど、それもなんだ

か腑に落ちる。

15歳になった赤ん坊は私の背を追い越し、低い声でぼそぼそしゃべる。それでもその

横顔に白くふわっとした面影を見るたびに心の中で思わず「桃」とつぶやいてしまうの

だ。