日本の平和の一里塚は、核不拡散条約の加入!!
ご機嫌いかがでしょうか。
視界ゼロのみこばあちゃんです。
73回目の夏も原爆投下の日と同じように
じりじり照り付け、せみ時雨の中の一瞬の出来事であったという。
広島には16万の死者とともに
皮膚はただれ落ちでも消え入るような声があちこちで
「水をください」の声にみんながさまよい続けた日から73年。
もう、広島にはくさきもはえないだろう・・・。
と言われてからの復興は目覚ましいものがあった。
だけれども今なお 世界のどこかでは争いの惨劇が繰り返されています。
これはどういうことでしょう?
73年たっても今なお後遺症でお苦しみ続けておられるお方も多くおられます。
式典の挨拶に立つ広島市長は被ばく二世とか?
その言葉は深く心に落ちるものがあった。
また県知事は未来在る国の宝でもある子供のために
、世界では各地で国際的緊張が高まり、核兵器国は競って核兵器の更新や能力向上、さらには「使える核兵器」の開発にまで進もうとしています。これは、いまだに核兵器国を中心とする国々が、核抑止力による力の均衡を信じているからです。
では、核抑止力の本質は何か。簡単に子供に説明するとすれば、このようなものではないでしょうか。
「いいかい、うちとお隣さんは仲が悪いけど、もし何かあれば、お隣のご一家全員を家ごと吹き飛ばす爆弾が仕掛けてあって、そのボタンはいつでも押せるようになってるし、お隣さんもうちを吹き飛ばす爆弾を仕掛けてある。一家全滅はお互い、いやだろ。だからお隣さんはうちに手を出すことはしないし、うちもお隣に失礼はしない。決して大げんかにはならないんだ。爆弾は多分誤作動しないし、誤ってボタンを押すこともないと思う。だからお前は安心して暮らしていればいいんだよ」
国際社会の「現実論」を唱える政府との溝が浮き彫りになっている。式典の平和宣言で松井一実・広島市長は核大国の抑止論を批判し、核兵器禁止条約を「核廃絶への一里塚」として、発効への取り組みを日本政府に求めた。
だが総理は肝心な言葉は述べてはいない
核不拡散条約に加入するとは!
それが安倍総理の真骨頂ともいえる!
式典参加は儀礼のパフォーマンスにすぎない。
日本の被爆国としての役割は
被爆体験者が少なくなっているからこそ
伝承の意義は重い。
総理には命の重みも人の痛みも理解できない珍しいトップともいえる。
日本の平和を守り抜くためにイージスアショアの購入はかかせないとは・・・?
命の大切さよりもご自分のめんつがたいせつなのであろう!
しかし、安倍晋三首相は式典直後に禁止条約への不参加を改めて表明した。
【後編】平成最後の8・6の夜、平和祈る1万の灯火