様々な中秋の名月の思い出。

   ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

 中秋の名月の行事も様々。

南国南九州では、お月見に、綱引きと、お相撲の奉納があるとか

 初秋を一番感じることができるのはやはり

夜長に耳に届く虫の音ではないだろうか…?

あれ松虫が 鳴いている

ちんちろ ちんちろ ちんちろりん

あれ鈴虫も 鳴き出した

りんりんりんりん りいんりん

秋の夜長を 鳴き通す

ああおもしろい 虫のこえ

きりきりきりきり こおろぎや(きりぎりす)

がちゃがちゃ がちゃがちゃ くつわ虫

あとから馬おい おいついて

ちょんちょんちょんちょん すいっちょん

秋の夜長を 鳴き通す

ああおもしろい 虫のこえ

 今のみこちゃんの生活視力はゼロといってよい。

  昨夜の中秋の名月

公園のベンチにおひとりお茶と月見団子で、天を仰ぐ

いつものようないつもの真ん丸お月さんがほほえんでいる。

そのシルエットはぼんやりと霧の中…。

 そしてバックには秋の虫たちが思いのままに

臨床で中秋の名月に彩を添える。月夜の青い光は、この世とあの世の思い出のかけ橋…

まぶたを閉じれば幼いころのあの時が…♪

 外にすずみ台を置き、その時々の花、鈴木、女郎花などを飾り

栗やらカボチャ、それに里芋の煮物、大きなおはぎ、月見団子を

お供えし、肌寒くなった空気と、忙しい母が

月夜の青さに輝くほどの笑いを提供し

楽しかった家族の団欒の一コマが

まるでスクリーン画像のように、思い出が次から次へと

私をいつまでも思い出の幸せの時間へといざなってくれる。

 時折、木々の小枝がカサコソ揺れて気分は上場… …。

あー、もう二度と訪れることのないあの喜びに満ち溢れていた素晴らしい時

明日の私は、明日の夢の中でさまよう。

家族が寄り添いあって生活することのできたかけがえのないあの時間は果てしなく遠いい。

 家族は一番、かぞくってすばらしい!

 それぞれの中秋の名月

月見の思い出 祖母が生きている頃は手作りをして、これまた祖母が手作りした可愛らしいウサギの焼き印を押したものを戴くのが習慣になっていました。無くなった祖母を中秋の名月の頃になると思い出し、マンションのベランダからそっと手を合わせます。

月見の思い出 子どもの頃、毎年お月見の日には母がお月見団子を作ってくれて、いかにもお月見用!!というような台にのせて、月を見ながら食べていたのが思い出です。

月見の思い出 平凡ながらすすきと月見だんごをそなえた事です。

月見の思い出 わが家の4年生になる長女はお月さんが大好き。だんだん太って大きくなったり、だんだん痩せて小さくなったり・・・お月さんをみてはいろいろな想像を膨らませています。娘の影響で夜お月さんをよく見るようになりました。忙しい毎日、夜空をそっと見上げるだけでも癒されます。だから毎年、お月見もお団子を一緒に作って空を見上げます。娘が大きくなったとき、このことを思い出してくれたらいいなぁと思っています。

月見の思い出 小さい頃は毎年母と一緒にお団子作りをして、家族みんなでお月見していました。今年は息子がうまれ、もう少し大きくなったら一緒にお団子作りをしてお月見がしたいです。

月見の思い出 子供のころ、十五夜には母と近くの川辺に行って、ススキや萩などを摘んできました。日本の行事を感じさせてくれていたんだなぁと感謝しています。今年は、結婚して引っ越しをして新居での初めてのお月見。近くにススキが生えてる場所があるのかどうかもまだわかりませんが、今度は私が母として日本の行事を大切にできる家庭にしたいと思っています。

月見の思い出 絵本で「14匹のおつきみ」いわむらかずおさんのシリーズ本ですが子供が小さいころ読んであげてました。絵がすてきでほのぼのとした絵本です(^^♪

月見の思い出 お月見はやっぱり今でもしてしまいます。美味しいお饅頭を用意して、ゆっくりお月様を。昔はうさぎがいるんじゃないかと思ってました。でも、月は本当に綺麗で心も美しくなりますよね。

月見の思い出 お月見と言えば、亡くなった祖母が毎年おはぎを作ってくれました。

月見の思い出 子供が小さい頃の十五夜には、満月を背景にススキを飾ったテーブルに、おだんごや小芋をお供えして子供たちと一緒に写真を撮ったものでした。

月見の思い出 お月見のイベントというのを生まれてこのかたしたことがなかったのですが、昨年、こどもといっしょに初めて自宅でおつきみ団子をつくりました。近所のお花屋さんに「ススキ」を探しに行きましたが、売っておらず、最近はどこにいったらススキを手に入れられるのか?と気づきました。

月見の思い出 いい場所があるよと友達につれていかれた名古屋のとある建物の屋上で、月をながめました。ライトアップされたテレビ塔と月がとても美しくて、静かで、とってもいい気分でした。

月見の思い出 昨年娘が三歳のときに一緒にお団子作りをしました。白玉粉ときな粉を使った簡単なものでしたが、娘の嬉しそうな顔が忘れられません♪今年はどんなお団子を作るか今から考えています。

月見の思い出 今台風の影響で大雨が降っていますが、わたしが高校二年生の時の月見の日も今回の様な天候で制服がびしょぬれになり、改築中の家の外壁の色が道路に流れていて異様な光景でした。月を見ることができませんでした。

月見の思い出 十五夜にお月見会を何度かしましたが、岡山ではなぜか満月にお目にかかること残念ながらはまれです。

月見の思い出 初めて子供と一緒に市が開催したお月見会に参加。まだ団子など食べられない息子。でも赤ちゃん用のお菓子をもらって満足そうでした。子育てでイライラしてしまうこともあるけれど、こういう顔を見られる幸せを感じました。

月見の思い出 ウチは、それが正しいのかどうか分かりませんが・・・小さく丸めたお団子をきれいに積んで、ススキのほかに畑で取れたもの(枝豆、かぼちゃ、ジャガイモ、とうもろこしなど)とサツマイモをお月様がよく見える庭に飾り(供える?)ます。子供の時には満月の中でウサギが餅つきをしてるように見えたものが、今は見えなくなりましたね・・・

月見の思い出 幼い頃、お月見が近くなると、妹と一緒にすすきを探しにいきました。自分の背くらいあるすすきを、一生懸命かついで帰ったのを思い出します。疲れて帰ってくると、母が手作りのお団子を用意して待っていてくれました。家族そろってお月見をしていると幸せを感じます。今は、自立をして実家から出ましたが、お月見をすると家族を思い出します。

月見の思い出 小さい頃はすすきを飾り、団子をお月さまにお供えしたものです。なかなか今では、団子を買ってきて食べるだけ・・・

月見の思い出 中秋の名月、きれいなお月さんを見たのはいつ頃だったでしょう。 もう55,6年近く経っていますね。山深い田舎の萱葺きの家の縁側で団子を食べながら長い時間見ていました。あの頃は空もきれいでした。都市のような明るさもありませんでしたし・・・ 歳をとると子どもの頃が懐かしく切なく思い出されます。

月見の思い出 お月見の日には、母が里芋の煮物と、月見団子をいつも用意してくれていました。”なぜ、里芋?”と不思議に思ったことをよく覚えています。私は、もちろん月見団子をいくつも食べて・・・でも、妹は里芋の煮物が大好きで、お月見の日以降も母にねだって作ってもらっていたのを覚えています。家族でお月見をするのも、最近ないので寂しいです。

月見の思い出 2年前のお月見会、私の主宰している生花教室の生徒さんと一緒に大覚寺へ。だけど2年前のお月見会は土砂降りの雨。お月見どころではない上に、寒くて寒くて・・・。生徒さんには申し訳なくて、ごめんなさいね・・・と言うと、でも雨降りの夜の大覚寺なんて、こんなことでもない限り絶対に遭遇しないシチュエーション!!すっごくロマンティック!!・・・と喜んでくれました。いつも前向きの若い生徒さん達に脱帽!!

月見の思い出 田舎の生れです。月見の頃になると祖母に言われて 鎌を持って堤防に生えているススキを刈りに出かけたものです。持てるだけ沢山持ち帰れば「10本ぐらいと言ったでしょ」沢山だと喜ばれると思ったのです。

月見の思い出 私の町では仲秋の名月のころ、お月見の会が開催されます。過去2回は雨が降る中の開催やどしゃ降りの後で、涼しいのを通り越して寒いぐらいだったのですが、芋煮や焼き鳥をつまみに、琴や三味線、マラカトゥなどの音色に耳を傾け、月を愛でながらの風情を感じるイベントです。

月見の思い出 私の住む静岡では、お月見の時、へそもちという平たいお団子をお供えします。初めて、見たときには、名前と形に驚きました。

月見の思い出 祖母の作る大きなおはぎ。1個でお腹一杯になる位大きなおはぎを沢山作ってくれました。今はもうそのおはぎは食べられませんが、思い出の味です。お彼岸の日は、小さなおはぎを食べて、元気充填、元気に祖母の慰霊と共に過ごしたいと思います。