同居孤独死も珍しくない!

     ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのみこばあちゃんです。

 同居老人まで孤独死があると言う。

なんとひとのつながりのうすいことか・・・!

あまりにもさみしすぎます。

 古来より「姥捨て山」があったように社会の余剰人口にカウントされるようになると

直ちに疎まれる存在なんてあまりにも悲しすぎます。

 迷惑の少ない形で死にたくは思いますが

死に行く過程は意思は反映されません。

 暮らしの後始末だけでも100万ものお金が生じますと

名乗れない子供もたくさんおられることでしょう。

まして葬儀までとなると大変です。

 お金の受け取りはできるが面倒だけは「ごめん」の子供も増える傾向だけは

覚悟もいるのでしょうか。

 人生終わり良ければ総て良しなんてよもやま話!

同居する母が亡くなっているのを2日後に発見した主婦が明かした

「毎日バタバタで…」「私が悪いのでしょうか」と語った 

同居母の死を2日後に発見した女性「私が悪いのでしょうか」

孤独死遺体には引き取り手のないケースも(撮影/アフロ)

 親と同居はしているが折り合いが悪くほとんど顔を合わせていない、日中は仕事で親

をひとりにしている、高齢の親を呼び寄せ同居を始めたが会話はあまりしていない…あ

なたの周りでこんな家庭に心当たりはないだろうか。今、こうした環境で孤立する高齢

者が後を絶たない。さらには、同居をしているのに、孤立状態で異常死を遂げる「同居

孤独死」も増えているという。「老後は家族と一緒が幸せ」という概念を考えなおす時

が来ているのだろうか──福岡県遠賀郡の民生委員がこんなケースを紹介する。

「同居している息子に毎日のように罵倒され、逃げるように1人暮らしを始めたお爺さん

もいます。もう80代と高齢なのに、長年住んだ自分の家から息子に追い出されるなんて

、本当に不憫でした。半年後、お爺さんはアパートの部屋で一人で亡くなってしまった

のですが、息子は病院にも来ず、葬儀も全てこちら任せ。最後まで顔を見せることはあ

りませんでした」

 引き取り手のない遺体の葬儀を行う葬儀社「富士の華」の元木正一さんが言う。

「身内が亡くなったことを知らせても葬儀に参加せず、『お金は払うから勝手にやって

くれ』と言う遺族は少なくありません。遺体の死亡届を提出するためのサインを求めて

も、『別の人に頼んでください。故人とは一切かかわりたくない』と言われることもあ

ります。実際の葬儀の時には私たちが故人の骨を拾わせていただくのですが、寂しい気

持ちになりますね」

 だが歴史を紐解けば、そうした感情も、近代になってから培われたものだという。古

典エッセイストの大塚ひかりさんが話す。

「日本人全体が老人を敬うようになったのは、江戸時代に儒教思想が普及してからです

。それ以前の古代や中世の老人は、基本的に社会のお荷物とされていました。息子が老

母を背負って山に捨てに行く『姥捨て山伝説』は事実ではないともいわれていますが、

全国津々浦々に残っているのは、それだけ共感を呼んだからでしょう」

 大塚さんは、今起きている同居孤独死は、昔話『舌切り雀』の原話とされる鎌倉時代

の物語で説明できると話す。

 あるところに3世代同居のお隣さん同士がいた。一方の家のおばあさんがけがをした雀

を介抱していると、子や孫から「ボケたのか」と小馬鹿にされたが、やがて回復した雀

がおばあさんに恩返しし、一家は大金持ちになる。

 悲惨なのは隣家のおばあさんだ。自分の子や孫から「隣のばあさんに比べてあんたは

役立たずだ」と罵られた。悔しさのあまり、おばあさんは真似をして雀にけがをさせる

が、怒った雀の逆襲に遭い殺されてしまう。

「小馬鹿にされたり罵られたりと、この物語は、鎌倉時代の老人の地位の低さがよく表

れています。最初におばあさんが雀を介抱したのも、同居している子や孫から厄介者扱

いされた孤独感からでしょう。近代になり教育が行き届いたことで、“老人蔑視”は落

ち着きましたが、社会が不安定になり余裕がなくなった今、近代以前のように家庭内で

苦しめられる老人がいても不思議ではありません」(大塚さん)

 実際、2002年の福島県の資料によると、福島県の自殺者の4割が老人で、そのほとんど

が家族と同居していたというデータもある。これに対し、1人暮らしの老人の自殺の割合

は全体の5%以下だった。

 一方で、親を孤独に追いやる家族もまた、深い苦悩を抱えている。昨年12月、同居す

る母(75才)が自宅で亡くなっているのを2日後に発見した都内在住のA子さん(48才・

パート主婦)が語る。

「死因は心筋梗塞でした。母は足が悪かったので、一日自室で過ごすことも多く、ほと

んど外出はしませんでした。食事は一日一食しか食べない人だったので、一緒に食卓で

食べることもあまりなかった。

 亡くなった日の前後は、私もパートや地域の見守り会、子供のお弁当、夕食作りに塾

の送迎など毎日バタバタで…。夫は単身赴任中で手伝ってくれる人もいないし、1日24時

間あっても足りないくらい忙しいんです。高校生の子供は私立に通わせていて、教育費

にお金もかかりますし、パートを辞めるわけにもいきません。死後2日も気付かなかった

ことは本当に申し訳ないと思っています。でも、顔を見ていないな、と思ったら亡くな

っていたなんて…私が悪いのでしょうか」

NEWSポストセブン

家族と同居しているのに“異常死”の高齢者、都内で年2000人

家族と同居でも高齢者が孤立する「日中独居」が起きる理由

孤独死」をもっと詳しく

母の孤独死の現場を見た男性 遺族にとって「メガトン級のトラウマ」

特殊清掃の現場から見る孤独死の現実 片づけ料金は誰が払うのか

30代でも起こりうる孤独死 7割以上が「セルフネグレクト

「母の孤独死」42歳男に突如訪れた壮絶な現場 -

誰にも看取られることなく、ひとり、部屋で亡くなる孤独死――。

ニッセイ基礎研究所によると、現在その数は年間約3万人と言われている。 そして、同

研究所はこの数は、今後さらに増えるだろうと予測している。生涯未婚率の増加などに

よって、単身世帯は年々増加の一途をたどっているからだ

家族に孤独死が起こってしまったら、具体的にどのような現実が待ち受けているのだろ

うか。

帰ってきたお中元

「母は、四つん這いのような状態で、テーブルの上に倒れこんでいたんです。体に蛆も

湧いていたから、見つかるまで、きっと痒かったでしょうね。ずっと独りぼっちで放置

されていたかと思うと、やり切れません。警察によると、死後、1カ月が経っていたとの

ことでした。ほかの人には、こんな思いをしてほしくないと思っています」

孤独死で母を亡くした戸田和彦さん(仮名)は、当時の様子をこのように振り返った。

和彦さんは、都内のゲームアプリ制作会社に勤務する42歳の普通の会社員だ。職業はプ

ログラマーで、妻と3歳の息子とともに都内のマンションで生活している。

普段はあまり連絡のない伯父から、和彦さんの携帯に電話があったのは、夏も真っ只中

の8月2日の夕方のことだった。

「妹に送ったお中元が帰ってくる、心配なので見に行ってほしい」

伯父は電話口で慌てたようにそうまくし立てた。

和彦さんの母・京子(仮名)さんは、一人暮らし。和彦さんは、最後に実家に帰ったと

きのことを思い出した。あれは約1カ月前。そういえば、その後、お母さんに一度メール

したが、返信がなかったんだっけ。

和彦さんは、自宅からすぐに電車を乗り継いで実家のある千葉県にある団地に向かうこ

とにした。

いつもならチャイムを鳴らすと、すぐに出てくる母だったが、その日に限って何の返答

もない。ドアにはU字ロックが掛かっているようで、びくともしない。

ただ、一つだけ気になることがあった。

生ゴミを何日も放置したような生臭い臭いが、なぜかドアの辺りにプーンと漂っていた

のである。

「それでもそのとき、母が中で死んでいるなんて思いもしませんでした。ゴミ収集前日

とかにドアの近くに生ゴミを置いたりすると、臭いがするじゃないですか。それかなぁ

とか。呑気に思ってました」

開かない実家のドアに、困り果てた和彦さんは、最寄りの交番に相談に行くこと、警察

官は急に慌てた様子を見せた。警察官のただならぬ雰囲気に、和彦さんは大げさだなと

思った。

警察官と共に部屋を訪ねると、部屋の中は、電気はついておらず、真っ暗だった。おか

しいなと思い、電気をつけると、食事用のミニテーブルに頭を突っ伏した状態で、倒れ

ている人影が見えた。

それは、あまりに変わり果てた母の姿だった。食べかけのお皿やコップがそのままにな

っていることから、食事の真っ最中に、何らかの突発的な病気でテーブルに倒れ、その

まま亡くなってしまったのは明らかだった。なぎ倒された皿の中は、京子さんの黒い体

液で、なみなみと満たされていた。

「とにかくびっくりしました。真っ暗闇の中を、ハエがブンブンと飛び回っているのが

見えたんです。そして、居間の真ん中のテーブルに、母がうつ伏せで倒れていました。

手をくの字に折り曲げていて、丸くなった背中があった。まるで、ひざまずいているよ

うな恰好でくずおれていました」

もとからふくよかな人ではあったが、その体格が膨らみを増しているような気がしたと

いう。もちろん体は硬直して冷え切っていた。死後1カ月が経過していた。

和彦さんが我に返ったのは、同行していた警察官が、無線で応援を呼ぶ声がしたからだ

った。動転している和彦さんに、非情にも警察官は、「事件性があるかもしれないから

、どこにも触らないで!」と叫んだ。

警察官が、目を離したすきをみて、和彦さんは冷たくなった母の背中にそっと手を伸ば

した。そして、パジャマのような部屋着に包まれた背中を優しくさすってあげた。それ

は、42年間、ずっと見てきたいつもの小さな背中であった。

「母の姿を見たのは、それが最後でした。本当に、それっきり。でも、一瞬でも、最後

にさすってあげられて良かったなぁと思っています。最後は息子に触れてもらって、少

しは良かったと思ってもらえたらいいなと思うんです」

今でも、そのときのことを思い出すと、こみ上げるものがあるのか、和彦さんは目を伏

せた。

孤独死を身近に感じる人は、単身高齢者の4割超

内閣府平成28年度版の高齢社会白書によると、孤独死を身近な問題だと感じるという

人は、単身世帯の高齢者では、ゆうに4割を超えている。これは、いつ自分の身に孤独死

が起こるかもしれないという不安を潜在的に抱えて生活している人がそれだけいるとい

うことだ。

拙著『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』でも詳しく解説しているが、これだけ

社会的に注目を集めている孤独死の年間3万人という数字をざっと身近な単位に置き換え

てみると、1日当たり約82人、1時間に約3人以上という計算になる(!)。自殺者が近年

3万人を切ったことからしても、途方もない数であることがわかる。

孤独死の典型例をひとつご紹介したが、実は意外なことに、孤独死についていまだ明確

な定義が定まっていない。

孤独死という単語は、2006年に大辞林(第三版)に、2008年に初めて広辞苑(第六版)

に正式に収録された。「看取る人もなく、1人きりで亡くなる」という意味で、孤独死

いう言葉が市民権を得たわけである。それまで、広辞苑には孤独という単語しかなかっ

た。

つまり2000年代後半に入って以降、孤独死というキーワードが世間的に定着し、無視で

きないものになったということの表れだ。

東京都監察医務院では、「孤独死」を「異状死の内、自宅で死亡した一人暮らしの人」

と定義している。通常、人が亡くなった時点で、最初から病死と判明さている場合は、

自然死として処理される。異状死とは、自殺や事故死だったり、そもそもの死因が不明

だったりする遺体のことだ。この異状死に該当すると、解剖などが行われることになる

東京都監察医務院は東京23区内で異状死が出た場合に解剖を行う機関だが、そこでは、

この「異状死」のうち、自宅で亡くなった数を孤独死としてカウントし、その統計を毎

年公表している。この統計が孤独死の数を知る数少ない手掛かりとなっている。

それを見てみると、東京23区において1987年には、男性788人、女性335人であったもの

が、ほぼ20年後の2006年になると、男性では2362人、女性では1033人となっており、20

年前に比べて約3倍にも膨れ上がっている。

遺族にとって孤独死は「メガトン級のトラウマ」

孤独死は、残された遺族にとって悲惨であることは間違いない。

前出した和彦さんの奥さん・さおりさん(仮名)は、孤独死について、そのあまりの衝

撃的な体験を「夫や私たちにとって、一生引きずっていかなければならないメガトン級

のトラウマになった」と表現した。これは、孤独死がいかに家族に大きな傷を残すかを

シンプルに表した言葉だと思う。

家族は、生涯、なぜ連絡を取らなかったのかとずっと自分を責め続け、夏場なら腐敗に

よって強烈な臭いがして、部屋に入ることもままならなくなる。それだけでない。その

被害は周囲にも及んで、アパートやマンションだと隣人は引っ越しを余儀なくされるこ

ともある。警察の家族への事情聴取は、致し方ないとはいえ、家族関係を根掘り葉掘り

聞かれることから二重にショックを受けることになる。

今回、和彦さんの一家が支払った掃除代金は、108万円。遺品整理の分を除くと約半分だ

というから、金銭面ではやはり多額の清掃費用がかかることとなる。社会の貧富の二極

化がますます進み、貯蓄ゼロ世帯が急増していく中で、このような負担は過酷なもので

ある。

2030年には、3世帯に1世帯が、単身世帯となる計算となる。

単身世帯が右肩上がりで増え続ける現在、孤独死は、誰の身に起こっても不思議ではな

い。

孤独死の現場は、私たちの未来を映し出しているかもしれない。