理解してほしい失語症の苦悩! 

     ご機嫌いかがでしょうか。 視界ゼロのみこばあちゃんです。

 昨日まで、コミニケーションが取れていた人が

なんだかの、脳の疾患により、失語症となり

思うように意思疎通ができなくなったとしたらどうでしょう。

 言語のない世界を受け入れることは

たやすいものではなく、当事者の精神のコントロールにまで発展し

家族がもどかしく、悶々とした感情の中で、共同生活は、疾病の理解以外に心の安定など

あり得ようはずがない。

でもかぞくってすばらしい!

困ったときのお人のつながりは貴重な存在です。

 あったかいネット空間のお励ましこそお人の縁を感じ

救われもします。

 失語症の舌癌のお方と接したとき、相手に気持ちが通じた時の満面の笑みに接し

思わず感激の涙でくしゃくしゃの自分が恥ずかしく思えた記憶もあります。

また、 失語症の旦那様をいつも孤独と闘いながら寄り添っておられた奥様の年齢を訪ねた時

失語症の旦那様がおっしゃいました。

「花盛りの30台」と

思わず奥様の手を しっかり握りしめていた自分がいた思い出もあります。

どのような立場になろうと、理解しようと思う気持ちと

畏敬の念だけは持ち続けていたいと思います。

もっともお苦しいのは渡欧自社ではないかと思います。

 職場復帰された先生の「困難は分割せよ」の言葉は心にすとんとおちました!!

<伝えたい 失語症と向き合って>(上) 言葉は救いの力を持つ(12月19日)

松尾芭蕉の「奥の細道」について説明する馬渕敬さん=岐阜県本巣市

 「月日は百代の過客にして…」

 松尾芭蕉の「奥の細道」を読み上げる自動音声が教室に響く。岐阜県本巣市の真正(しんせい)中学校。三年前に失語症となり、今春、教壇に復帰した国語教諭の馬渕敬(たかし)さん(44)=同県大野町=の授業の一幕だ。

 長い文章の音読は難しく、代わりにテキストを読み上げる機能もあるデジタル教科書を活用する。リハビリで、自分の言葉で授業を進められるまでに回復したが、時折、言葉に詰まる。言い間違えることもある。「たくさん読めれ…よ…読まれるようになって…」。一言、一言、ゆっくり、正確につむいでいく。

 話すのが困難な分、一目で生徒に要点が分かるようプリントを工夫。「あれもこれもは言えない。端的に、大事な点を伝えられるように一言を厳選している」

 生徒からは「ていねいで、分かりやすい」との声も。だが、一時は全く話せず、復職もあきらめかけた。

 二〇一五年三月のある朝、脳梗塞で自宅で倒れた。一命はとりとめたが、「国語の教員として最も大切な」言葉を失った。

 話そうとしても言葉にならない。自分や妻、小学生だった長女と長男の名前も言えなかった。テレビで字幕を見ても意味が分からず、本も「文字が書いてあるだけ」。がくぜんとした。

 検査すると、聞いた言葉を理解する力は残されていたが、「話す」「書く」「読む」ことができなくなっていた。「ハンカチ」「はし」などの単語は理解できても、「ハンカチを、はしの上に置いて」と文章になると全く分からなかった。

 一カ月後の退院時、話せた言葉は「はい」「いいえ」「すみません」の三語だけ。医師からは「復職は無理」と言われた。

 それでも、言語聴覚士らとリハビリを続け半年後には名前が言え、少しずつ簡単な文の読み書きもできるように。現状をフェイスブックに書くと、教え子からたくさんの手紙やメッセージが届いた。

 その中に自分がかつて生徒に贈った言葉があった。「困難は分割せよ」。井上ひさしの小説「握手」の一節。授業で引用し「困難は分割して、一つ一つ片付けていく。きっとその困難は終わるはず」と教えた。手紙には「先生が言っていたように必ずうまくいくから」とつづられていた。涙があふれ、復帰を決意した。

 病院のリハビリに加え、休職中に補助員として授業に参加することも。全校生徒の前で失語症であることを説明した。四十日間の現場実習などを経て昨年二月、県教育委員会の復職審査に合格した。

 現在、岐阜県の若い失語症患者や家族、言語聴覚士らでつくる「やすらぎの会」の事務局も務める。失語症の症状は千差万別で回復状況も異なり、全く話せないままの人もいる。就労も難しく、当事者の悩みは深い。これらを共有していこうと二年前に立ち上げた。

 言葉を失ってその力を知り、言葉に救われた。「言葉で思いを伝えられずに、苦しんでいる人がいる。そのことを一人でも多くの人に知ってもらえたら」

      *

 言葉を理解したり、話したりすることが難しくなる失語症。意思疎通が難しいため、仕事を失ったり、引きこもったりする人も少なくない。国は、意思疎通を支援する人材の育成を都道府県などの必須事業にし、今年から全国で研修が始まっている。失語と向き合う当事者や家族、支援者らの思いを伝える。

 (山本真嗣)

 <失語症> 脳梗塞や交通事故などで脳の言語中枢が損傷して起きる障害。日本失語症協会によると人の話を聞いて理解する、話す、読む、書くなど言葉にかかわる全機能に支障が出てコミュニケーションが困難になる。全国に約50万人いるとされる。

?

3年ほど前に、父親が脳梗塞で倒れました。

今は仕事もやめ、自宅で生活をしています。

歩くこと、食事をすることなどに、そこまで支障はないものの

失語症により、コミュニケーションがとれません。

ほとんど会話が出来ず、伝えたいことを伝えられないため

父をはじめ、家族はストレスが溜まっていく一方です。

言語に関する障害がかなり大きかったためか

体が平気でも、言葉はもうこれ以上出てこないだろうと

今は特別なリハビリを行っているわけではありません。

言葉が伝わらない自分に対する怒りとともに

「何故伝えたいことを理解してくれないんだ」と、父は母を責めます。

母は、祖父母の世話をしながら、父の世話もしています。

機嫌の悪い父に責めたてられる母は、耐えて耐えて耐えて…

家事をしていれば気が紛れるということでいつもいつも動き回っています。

でも、そんな母も

家族のいないことろや

本当に時々ですが、我慢できずに父親の前でも泣きます。

父の苦悩も理解出来るし、母の苦労・我慢も分かるのですが、

わたしには何が出来るのでしょうか。

なによりも母親が心配でなりません。

3年経った今でも、家族全員悩み苦しんでいます。   

はじめまして。言語聴覚士として働いているものです。 

伝わらない辛さも…気持ちを汲み取ってあげれない辛さも分かります。 

お父様の理解力はどの程度ですか? 

失語症といっても人それぞれです。 

聴いて理解する力が保たれている人。 

文字を読んで理解する力が保たれている人。   

イイネ! 

コメント 

mixiユーザー

    >macchanさん 

初めまして。 

コメントありがとうございます。 

伝わらない辛さ 

気持ちを汲み取れない辛さ 

まさにその2つが交錯している感じです。 

父の理解力ですが 

すごく不思議なところを理解出来たり、気が付いたりするのですが 

(会話ではなくて物事(ゴミが溜まっている・蛍光灯が切れてるなど)) 

会話は、父が伝えたいことをこちらがなんとか汲み取って成立しています 

「そうだ」「もういい」などしか出ませんので、ほぼ会話としては成立しません 

文字は、感じだと雰囲気でなんとなく理解出来るものもありますが 

ひらがなになると、1文字では意味をなしませんので理解出来ないというような状況です 

父と会話が出来たときのことを考えると 

会話が出来るということの素晴らしさを 

皮肉にもこういう状況になってから知るなんて、本当に悲しいです。 

でも本人や、母親の方が、わたしなんかより辛いのはわかっているので 

少しでも力になれればと思っている所存です。   

コメント 

mixiユーザー

00:09 

    >いかやきさん 

コメントありがとうございます。 

普段このような悩みを気軽に打ち明ける相手もおりませんので 

このように話を聞いていただき、コメントをいただけるだけでも嬉しいです。 

どうもありがとうございます。 

父は脳に障害があるので 

なかなか会話をする・理解をするという面では難しいものがあります。 

わたしは普段は働いている身で 

ほぼ母親が世話をしている状態なので 

わたしがこんな風に書いたとて 

大きく両親の力になれるとは思いませんが 

多少なりとも前を向きながら、力になれればいいなと思います。 

いかやきさんも、 

奥様の介護で大変かとは思いますが 

どうかお体を壊さずに。 

わざわざコメントありがとうございました。   

コメント 

    細かい情報をありがとうございます。 

実際にお父様をみたわけではないので、簡単には言えないのですが、 

かよさんの文章から、多少の理解力は保たれているように感じました。 

私は、発話が困難でも、理解力がある程度保たれていれば、会話できると信じています。 

お父様は、伝わらないことが多いことから、伝えることに対し、諦めることがふえていませんか? 

まずは、伝わったときの嬉しさをお父様にたくさん感じてもらい、伝えようとする意欲を持ってもらうことも大事だと思います。 

一緒の時間を共有することもいいことではないかと思います。 

どこかに一緒に出かけて、写真などを撮ると、帰ってからも写真を見ながら共通の話題で会話することが出来るし、その時一緒だったのだから、その時のことをお父様が話そうとしたら、きっとあのことかもと閃くことが出来ると思います。 

そういうコミュニケーションの積み重ねも大事なのではないかと思います。 

普段、私たちはそんなに会話のとき深く考えてませんが、頭の中でいろいろな処理をしています。 

失語症の方は、そんな処理が難しい状態ですので、話すときは… 

①短く簡潔に。 

②yes-no反応で返せるように。 

③漢字などの理解がokな様なので、紙に書いて視覚的に見せることで選択可能になることもあります。 

④もし絵が描けるようなら絵を描いてもらうことでこちらのヒントにもなります。 

などの工夫をしてみてはどうでしょうか? 

例えば…何かを訴えだした時… 

ゆっくり、落ち着いた口調で、選択肢を挙げてみて下さい。 

取って欲しいもの? 

… 

何かしたいことがある? 

… 

私のこと? 

早口だと、相手を急かしてしまい、反応の正確性が低くなってしまいますので、たっぷりの時間と『ゆっくりいいよ』知りたいから、教えてという気持ちを持って接してください。 

失語症の方と会話するには、話し手の工夫や閃きがどうしても必要になってきます。 

また、こころのゆとりと時間が必要だと思います。 

どちらの辛さもあると思いますが、言いたいことわからないし、こっちの言ってることも分からないから…もういいや知らない。なんてお父様をひとりっぼちにだけはしないで下さい。 

患者さまで家族と上手くいかないと言語訓練室で泣かれる方もいらっしゃいます。 

そんな患者様を見るのはとても辛いものです。。。 

あまり参考にはならないかもしれませんが、長々と失礼しました。   

イイネ! 

コメント 

mixiユーザー

    こんばんは。 

お母様、本当にご苦労されているようですね。とても心配です。 

私は現役を離れて時間が経っているので 

ここで何かアドバイスをできる立場ではない、と思うのですが 

訪問リハをしていた頃、 

かよさんのお母様のように 

ご苦労されている方をたくさん見てきたので、 

他人事とは思えず、コメントさせていただきます。 

まずは 

お母様に対する援助が必要だと思います。 

今抱えている問題を 

ケアマネージャーさんに相談してみてはどうでしょうか? 

日中の過ごし方、介護の支援など、 

利用できるものがあるはずです。 

その後、ケアマネさんに 

言語聴覚士のいる施設や訪問リハを紹介してもらってください。 

言語聴覚士が、 

家族間のコミュニケーション指導をしてくれます。 

コミュニケーションの問題は 

介護の質に大きな影響を与えますので、是非相談してみてください。 

正しいかどうか分かりませんが、 

介護の必要な人がいる家庭には 

他人が出入りすることが案外重要なのかなと思います。 

訪問リハをしていた頃、 

リハビリの効果云々というより(STとしては本来それではダメなんですが) 

他人が来ることで、 

ぐちを言えたり、散歩に行けたり、今日は誰々が来ると予定ができたり、 

そうした刺激が増えることが 

在宅介護に重要なのではと感じていました。 

失語症に関する一般書籍もたくさん出ています。 

お父様がどういう状態なのか 

ご家族で勉強されるのも 

ストレス軽減に繋がるひとつの方法かと思います。 

とにかく 

お母様の負担が減るよう 

いい方法がみつかることを祈っています。