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瀬戸内海に浮かぶ美しい豊島。

 視界ゼロのミコばあちゃんです。

     ご機嫌いかがでしょうか。

 瀬戸内に浮かぶ、静かで美しい島に産業廃棄物が不法投棄され

その処理業者の訃報が判明されてもごみの撤去の動きはなかなかであった。

豊島といえば香川の直島諸島でもあり

ミコばあちゃんも若かれしころ訪れて島の方々から温かい歓迎もいただき

農家の若い青年のきらきらした農作物に対する未来志向のお話を

夜おそくまでお聞きしたことがとても懐かしくもあります。

また汚染の中でご病気でお苦しみになられた方々

廃棄物撤去に我を忘れて、紛争され会えなく亡くなられた

多くのお方に思いをはせるとき言葉もありません。

以前の島に帰り、農作物を思い切り作れる環境を願ってやみません。

島の皆さまのどれほどのご努力、忍耐を思うとき

簡単にお疲れ様などとは声もかけられない。

1970年代後半から90年までに大量の産業廃棄物が不法投棄され、「ごみの島」と呼ばれた

豊島(香川県土庄町)で、産廃の撤去作業が大詰めを迎えている。平成12年6月に県と豊島

住民が合意した公害調停に基づく処理期限は来年3月末。汚染土壌を含む総量約90万4千ト

ンの約93%は処理されたが、新たな産廃が見つかるなど、予断を許さない状況だ。

 瀬戸内海にある周囲約20キロの離島・豊島。撤去作業は15年から始まり、見上げるほどあ

った産廃の山は姿を消したが、汚染された土壌を掘り起こす作業は今も続く。県と対峙し、住

民運動を率いてきた安岐正三さん(65)は「どこに何が埋まっているのか分

    産経の記事より。

からない。本当に終わるのか」とため息をついた。

例えば、次の桜が咲くまではとか…

例えば、次の桜が咲くまではとか、東京五輪を見るまではとか、生きていく上で少し先の未来に

目標を定めることがある。香川県の豊島の人々にとって、それは2016年度末、つまり今月

末だった

島に不法投棄された産業廃棄物を県が撤去すると約束した期限である。おととい産廃を積んだ最

後の船が出るのを島の人と共に見送った。家族の遺影を抱く人もいた。「最後の船を見たい」

と切望した多くの人がすでにこの世にいない

振り返れば長い闘いの歴史である。1990年に処理業者は摘発されたが、産廃は残った。「ご

みの島」として全国に知られると、島の中学生が修学旅行先で心ない言葉を掛けられた。農家

は自慢の作物から「豊島」の文字を消さざるを得なかった

「先祖から受け継いだ美しい島を自分の時代に汚したまま、次の世代に引き継がせるわけにはい

かない」。住民運動を支えたのはその一念だったという

公害調停を申請し、世論に訴えるため、東京・銀座でデモ行進した。雨や風の中、県庁前に立ち

続けたこともある。今さえよければ、自分さえよければいい。そんな世の中の風潮があるとす

れば、島の人が示したのは真逆のことだ

地下水の浄化など原状回復にはまだ時間がかかるが、豊島はもう、ごみの島ではない。先人が築

いた歴史を誇る、豊かな島である。