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あの武田薬品まで企業の縮小とは・・・!

    ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのミコばあちゃんです。

 薬品大手のあの武田が治験部門の縮小に決断したようである。

我々は、武田といえば、ビタミン剤に代表されるくらいに思っています。

創業100年のこのような企業までも、寂しい報告を受けることは

これからも武田の研究開発部門は、縮小計画もある。

残念に思えて仕方がない。

近い将来は、日本製でなく、外国商品が店内を、埋め尽くす

時代はそう遠くないのであろうか。

企業の空洞化は歯止めさえ聞きようがないのであろうか。

これからの

経済モデルはどのような方向を目指すのであろうか。先人の戦後の復興に向け、勢いよく頑張っ

た時代は、もう夢の夢なのであろうか。

   朝日コムより

武田薬品、100年支えた拠点を縮小 治験薬事業売却へ

武田薬品工業が、大阪・十三地区で行ってきた、治験薬の製造事業を、医薬品受託生産大手の武

州製薬(埼玉県川越市)に売ることを決めた。残る研究部門や薬の生産も移転させる方針だ。

十三は約100年、武田を支えた拠点だが、数年後には大衆薬の研究などごく一部だけとなる。

治験薬は、国の承認に向けた試験用の薬。2月末に、武州への売却が決まった。手続きが終わる

と、武田の従業員約200人が武州に移る。売却額は公表していない。

原薬づくりや製剤技術など、今回の売却対象にならなかった研究部門は、今後数年かけて神奈川

藤沢市の湘南研究所に移していく。数百人規模が異動する見込みだ。

武田は阪神甲子園球場の約4・2倍の約16万3600平方メートルある十三地区に、研究部門

や工場を置いてきた。

第1次世界大戦で輸入が難しくなった西欧の薬を国内でつくる目的で、1915年に建てられた

工場が発祥だ。10年後の25年には大阪・中津にあった創薬研究所も十三に移転。2011

年に創薬機能が湘南に移るまで、薬づくりを担った。昨年3月末時点でも約900人が働いて

いた。

ビタミン剤のアリナミン(54…