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視界ゼロのミコばあちゃん (優子さん荷は生き続けていただきたかった。)

     ご機嫌いかがでしょうか。

 視界ゼロのミコばあちゃんです

 今日も暖かそうです。

眠れないので少し散歩しようと出かけ用とすると

今日もバイクの暴走らしきエンジン音に、歩くことをあきらめ家に入りました。。

  朝日コムの時期は少しづれてはいますが社会面の記事にくぎ付けとなりました。

 ミコばあちゃんにはどうしても他人事としてはとらえられない内容でした。

それは性同一性障害)のお方が29歳の若さでご自分らしく生ききることもできず

自殺され今なお、、そのお方の勤務先に対し労務保障の裁判をおつ付けとのことでした。

このニュースを受け、私の涙は止まることもなく号泣させていただきました。

実は私も、自殺未遂者でした。

このようなことになるまでどれほどの苦悩以上の思いの中で葛藤されたのだろうかと

思いを寄せずにはいられませんでした。

 この世の中のマイノリティー、すなわち社会の少数派の中で

受ける差別は当然のごとくある中

29歳まで、どれほどの人には言えないほどの苦しみ味わい乗り越えてこられた

ゆえのお優しさ身に着けておられただろうか…

どれほどか、命の芽を摘まなければならなかったことえの

胸かきむしるほどの無念さをあじあわれてこられただろうか・・・。

私は生還したことでさらなる悲しみ味わうことになりました。

「かごの鳥」であったのでは決して良い結果など得られるはずはありません。

同じ仲間との出会いにより、気持ちを分かち合うことの重要性を感じずにはいられません。

(優子さん)が、マジョリティーのお方であったらどうでしょう。

やはり少数者であるが故の弊害なのではないのでしょうか。

 今の私はこの差別はあるべき姿と理解できております。

人間ゆえの課題でもあるとは思います。

 今の私は差別しないでほしいなどと思ったことは一度だってありません。

ご理解いただけるお方には最敬礼で過ごしたいです。

またそうでないお方には、別勘定とともに神戸を垂れたく思います。

 苦しみ悩まれておられるお方に一言。

 どうか思いのたけを何回も何回も書きなぐってみていただきたいのです。

そこから誰かにお話ししたく成ればよいのですが・・・ …。

優子さんにどうかお健やかにとご冥福お祈り申し上げます。

    朝日コムのニュースより。

8年前の冬、ある性同一性障害者が自ら命を絶った。名は「優子」。女性の体に男性の心を宿し

、その相克にさいなまれ続けていた。母は願う。個人がそうありたいと思う性を受け入れる社

会を――。

母の今の思いを、記者が聞いた。

あの子が大人になってから、2人でよく釣りに出かけました。

「釣れるかねぇ」

「釣れるといいねぇ」

そう話しながら堤防から糸を投げました。また行こうねと、約束していたんですけど……。

《私は29歳になったばかりの女性です。しかし幼少の頃から女の子が好む「ままごと」や「縫

いぐるみ」は嫌いで、「ミニ四駆」や「少年ジャンプ」を愛好していました。スカートは制服

なので仕方なく穿(は)いていました》(優子さんの仮処分申し立ての陳述書から)

「そういうのが好きな女の子なんだな」と思い、性同一性障害とは気がつきませんでした。女の

子が最高に着飾り、思い出に残る成人式。「一度は着物をきちんと着たいのではないか」。そ

んな親心から、「スーツで行く」と言う優子に黄色地の振り袖を用意しました。今振り返れば

、かわいそうなことをしたと思います。私が喜んで支度しているのを見て、台無しにしたくな

いという思いで何も言わなかったんじゃないかな。写真館で撮った振り袖姿の写真は、どうし

てもリビングには飾れない。

《戻っても居づらかったらその時に考えるので、自分の好きな職場に戻りたい。この先、女とし

て生きるのも男として生きるのも、精神的にも肉体的にも生き辛(づら)いのには変わりがな

いので》(同)

職場のことを話すとき、「天性の仕事なんよ」と言ってとても楽しそうでした。でも同僚に性同

一性障害と打ち明けると、離れていってしまった。

優子にとってはすごく生きづらかっただろうなと思います。心と一致した性で産んであげられな

かったという思いもあります。

《今でも、自分は男として生きていくべきなのか迷います。女で通すと決める一方、それが卑怯

(ひきょう)だという思いがあり、いつも「普通の女」「普通の男」の言動と自分との差を何

となく気にしています》(同)

亡くなる数日前、「この体が嫌なんよ!」と言って胸のあたりをかきむしり、嗚咽(おえつ)を

もらしていました。感情をあらわにすることはほとんどなかったのに。それほどまでに失望し

たんだと思います。自分の体と性を受け入れて何とか生きていこうとしたけど、周りに受け入

れられなかった。

亡くなったのは自宅の和室。29歳でした。

「優ちゃん、優ちゃん」

必死に名前を呼びました。懸命に何かをこらえているような表情を見て、「苦しかったんだね」

という思いがこみ上げました。

どうして死ななければいけなかったのか。優子の死を自己責任と言って終わらせないでほしい。

そう思って裁判を闘ってきました。

これは優子だけの問題じゃないんです。みんな違ってみんないい。みんながそう思える社会だっ

たら優子は受け入れられていたのかもしれない。自分の生きたい性で生きられる社会になって

ほしいと思います。(田中瞳子)

■解雇後に自殺、控訴

優子さん(当時29)の母親(65)=山口県岩国市=は、「性同一性障害の告白をきっかけに

会社から退職強要を受けるなどしてうつ病になり、自殺した」として、国に遺族補償年金の不

支給決定の取り消しを求め、2014年に広島地裁に提訴した。しかし同地裁が先月25日に

請求を棄却したため、母親は3日に控訴した。

母親は11年8月、労災に基づく遺族補償年金を申請したが、岩国労働基準監督署が「自殺は業

務上のものではない」として不支給を決定。今回の訴訟はその取り消しを求めたものだった。

判決は、優子さんにとって性同一性障害の告白は大きな心理的負荷になったが、「私的な内容

であり、業務上のできごととは評価できない」と判断。嫌がらせやいじめ、退職強要も認めら

れないと結論づけた。

判決などによると、優子さんは勤め先の自動車販売会社の正社員になった直後の08年11月、

同僚に性同一性障害を告白。その後社内で自傷行為をしたことなどを理由に解雇通知を受けた

ことから、地位保全を求め仮処分を申し立てたが、09年1月に自殺した。

今回の訴訟に先立ち、母親らは不当解雇が原因で自殺したなどとして、勤め先の会社などに損害

賠償を求め提訴。山口地裁岩国支部は10年3月、解雇は無効として会社の賠償責任を一部認

める一方、解雇と自殺の因果関係は認められないと判断。最高裁で確定している。(久保田侑

暉)

 私は、アサヒコムの記事に触れ涙が止まりませんでした。

これってなぜだと思われるでしょう。

 実は私も自殺未遂者なのです。