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視界ゼロのミコばあちゃん、メルマガ色鉛筆って素晴らしい。

     ご機嫌いかがでしょうか。 視界ゼロのミコばあちゃんです

 昨夜の雨は上がり、とても暖かい朝に救われてます。。

 メル友からいただいたメールについて一言。

 温泉に行っていて、近所のお方より 「お散歩の手引きは税金で歩いているのか。」との質問

をいただき「そうだ。」と答えると憮然とされたと

なんだか、沈み切った文面をいただいた。

 これを受け、ミコばあちゃんであったなら…。どうだろう。

 今の私なら、にっこり最大級の笑顔で最敬礼していたと思える。

相手に気分良くしていただけるなら、それで満足。

反感など何も湧き上がることなどなくなっている。

これはお年のせいかしら。

 いやいや違う。

この世の中色んなお人がいろんな感想を持たれることは

不思議でもなく、当然であろう。

だからこそ、ちょっとしたお人のご親切もうるっともきたりもする。

心無い言葉も学びに変え

そのお方に秘めたる何かをもうそうすることで

笑顔に変えることもできている。

 我が音鳴りは、私がいることで、わざわざ回り道をするほど

嫌われてはいるが、決して私は避けたくはない。

私のことを、遠くから視線を感じたとしても

わざわざ、最大級のお声がけをする。

贈り物もするがそれはいつも受け取っていただけているので

いつもありがたいと思っている。

理解してなどとは思ってはいないが、人としてのお心だけは通わせておきたいものである。

どんな視線を 送られたとしてもほほえみだけは絶やしたくない

 これはいろんな絶望感を味わえたことで身に着けることのできた

心のゆとり、これは今では ミコばあちゃんの唯一の特効薬。。

    公益社団法人 京都府視覚障害者協会 - メルマガ色鉛筆第83号「父が残してくれた

もの」

http://kyosikyo.sakura.ne.jp/contents/read/id/189

    メルマガ色鉛筆の一文の引用です。自分の障害について心の整理をつける、それは簡単

なことではありません。

障害により変わりゆく人生、けれど、父の背中はいつも私の前にありました。

 亡き父が残してくれた言葉の意味を、見えていた時の自分、見えにくい今の自

分を通じて問いかけてみました。

 ここから本文です。

 「負けるのはつまらん」、「何でも勝たないと意味がない」、子供の頃、父親

からよくそう言われていた。

人生は勝つか負けるかのどちらかであると、私は信じて生きてきた。

 勉強では人より1点でも上を取ることを、スポーツでは人より1歩でも前へ出

ることを目指してきた。

運動会で、自分より背の高い同級生と対戦する時は特に燃えた。

体中からアドレナリンが出るのを感じ、わくわくした。

 人に隙を見せることもなく、どうすれば人より抜きん出ることができるかを常

に考えていた。

結果に決して満足することなく、常に高みを目指し、終わることのない欲求を満

たすために何事にも挑戦してきた。

人に頼る人は自分に自信のない人、だから、人に頼るくらいなら何もしないでい

るほうが良いとさえ思っていた。

道が厳しくても結果が悪くても構わなかった。

 私は10年前に視覚障害者となった。

だんだんできないことが増えていった。

車の運転、原付きバイクの運転、ついには自転車に乗ることもできなくなった。

 ちょうどその頃、父親脳卒中で倒れて半身不随になり、認知症を発症した。

そのため、父親は私が視覚障害者になったことも手術したことも知らずに亡くな

った。

人生の負け組になったと認めることになる、そんな気がして目のことを父には言

えなかった。

私自身、心の整理などついているわけもない、視覚障害を受け入れることが怖か

った。

 父親は、私にとってはいつまでたっても越えられない、絶対的な存在だ。

その父親が亡くなり、

今までできていたことがだんだんできなくなってきた頃から自分の中で何かが変

わってきた。

人生は本当に勝ち負けだけなんだろうか。

勝ち負けなんかないんじゃないだろうか。

自分が選択した道の上に失敗や間違いなんかないんじゃないだろうか。

そもそも今まで勝ってきたのか。

そう思い込もうとしているだけじゃないだろうか。

そう考えるようになってからは、勝つことより進んで、負けることのほうが楽し

くなってきた。

今では、どれだけ負けられるかを試すようになっている。

 昔の私は、急いでいるわけでもないのにただひたすらに前の人を追い抜かしな

がら歩いていた。

今は、対面で向かってくる人には端に寄って道を譲り、

スーパーのレジや電車の列などに横から割り込まれても「どうぞ」と思えるよう

になってきた。

そうすると不思議なもので、心に余裕が生まれてきた。

父親が言っていたことは、力や目に見える表面的な勝つということではなく、

こういうことだったのかもしれない。

 

今後、人生の折り返し地点を過ぎた私は、新卒の若者の就職相談や悩みを傾聴

できればと思う。

役に立つようなことはできないかもしれないが、せめて笑ってほっとする気分に

なってもらえたら嬉しい。

自分1人で考えているとどうしても行きづまってしまうけれど、

その時誰かが話を聴くだけでも心が落ち着き気持ちがほっとするかもしれない。

 私も、仲間と話すことによって心に刺さったとげがぽろっと抜け落ちる時があ

る。

いつか私も人の心のとげが抜けるような存在になりたい。

 「視覚障害は小さいこと」と言った人がいる。

視覚障害は大したことではないということだ。

私はこの話を聞いて人が人を包み込む愛情を感じ、心が温かくなった。

 父が私に残したものは、

「目に見えることは全て小さいことであり、目に見えないものの中にこそ価値が

ある」ということだったのではないかと、

今思う。